これは賭けだった。
 この上にあるものを見つけたのは、今日の為に周辺の散策をしていた僕だが、他の人が居ないという保証がなかった。
 先客が居れば目的は達成されない為、とても中途半端な位置から花火を見上げることになってしまう。
 頼む、誰もいませんように。
 心でそう祈りつつ上っていき、そして・・上の状況が見えた。
 そこにあったのは、小さなスペースと二人掛けの寂れたベンチだけで人はいなかった。
「あぁ、よかった。誰もいない」
 安堵で膝から崩れ落ちそうなるのは我慢したが、心の声は漏れてしまっていた。
「・・こんなの知らないよ。
こんなサプライズ聞いてないよ」
 そう言う未羅の声は少し震えていた。
「そりゃ、知ってたらサプライズにならないからな」
 自慢げに言うと、
「なんでこんな場所知ってるの?」
と、まるで状況が理解できないとでも言いたげな顔で聞いてきた。
「説明したいところだけど、それは後でね。ほら、始まるよ」
ドンッ――ドドンッ
 時刻はちょうど六時三十分。
 完璧なタイミングだった。
 形が様々で、色鮮やかな花火が少し離れた空を埋め尽くす。
 花火は約一時間続く。
 僕たちは自然とベンチに腰掛け、寄り添い合っていた。
「ねえ、知ってる?
今日の花火大会、最後の瞬間だけで大小百発の花火が上がるんだって」
 しばらく経った頃、未羅が言った。音では正確に聞こえないが、彼女から発せられた音の振動が僕の体に伝わってくるため、普通に会話をしている時よりずっと近くでささやかれているような、そんな感覚だった。
 そしてそれは僕の鼓動を加速させた。
「まあ、一応来たことはあるからね」
 緊張で少し素っ気なくなる。
「壱也くんでしょ?」
「そうそう」
「ふふっ・・だよね。
女の子だったら、私妬いちゃうよ?」
 横から盗み見た、花火に照らされている未羅の顔はとても穏やかで、うっとりとしているようにも見えた。
「女の子となんて来たことないよ」
 急いで目を逸らした。
「ふふっ・・じゃあ私が初めてなんだ」
「そういうこと」
「ふふっ・・うれしいなぁ。
私、幸せ者だなぁ」
 今日はよく“ふふっ”と笑うみたいだ。
「大げさだよ」
「そんなことないよ。
これから先も空人君の色々な初めてを一緒に過ごせたらいいのになぁ・・・」
 ベンチに置いた手に手を絡ませてくる。
「そうしてもらえると僕も助かるよ」
 ドンッドンッと花火の音が体に響いている。
「・・もうすぐ七時半だね。
クライマックスは見たいけどまだ終わってほしくないな」
 未羅は少し空虚な顔をした。
ドンッドドンッドンッ――と花火の勢いが徐々に増してくる。
「うん。まだ終わってほしくないな」
 花火が一斉に金色に変わり始める。
「・・あ、これでラストだね。
わぁ・・すごいよ空人君。
みてみっ――」
 その瞬間、僕の目に映っていたのは未羅の驚いた目元だった。
 それは僕にとって初めてのキスだった。
 五秒間くらいは唇を重ねていたと思う。割と大胆なことをしたなと思う。
 自分でもなぜそうしたかは分からないが、そうすべきだと心が感じていたらしい。
 ほとんどゼロに等しい距離感でお互いに見つめ合っていた僕たちは、こうしてラストスパートをすっかり見逃した。
「これでもう一つ僕の初めてを奪えたね。」
 唇が離れた後、僕は恥ずかしさのあまり顔を正面の夜空の方に向けながら言った。
 そこには花火の煙がまだ名残惜しそうにとどまっていた。