◆◇◆◇
僕らの地元で開催される花火大会は、他のどこの花火大会よりも早い時期に開催されるため、一足先に夏を味わいたい人たちが遠方からも訪れる比較的大規模な花火大会だった。
他の花火大会が大体八月下旬で納涼を目的とする中、この花火大会は夏の始まりを宣言するというようなイメージだ。
一応、壱とはほぼ毎年来ていたこともあり、どれくらいの人が押し寄せるかは知っていたため、少し早めに集合時間をセッティングしておいた。
しかし僕はその時間よりもさらに早く集合場所の改札に着いてしまった。
理由は単純に家でじっとしていられなかったからだ。
朝から落ち着く事が出来なくて、本を読み心を落ち着かせようと三回くらい試みたが結局失敗に終わり、気付いたときには予定の電車よりも二本早いものに乗っていた。
まだ五時になったばかりだが、それでも駅には浴衣や甚兵衛を着ている人の姿がちらほらみられた。
中には親子そろって浴衣で来ていて、履きなれない下駄で一生懸命母親の歩くスピードに合わせようとしている子もいた。見ているだけで心が和む。
和むと同時にハッとし、自分の服装に目をやった。
・・・やってしまったかもしれない。まったくの普段着を身にまとった自分の姿がそこにはあった。
はあ、恋愛に無頓着だとそういうところに気が回らない。
壱のアドバイスがなきゃこんなことも思いつかないなんて、つくづく自分が嫌になる。
いや、でも約束の時“浴衣で”なんて一言も言ってなかったから、未羅も私服で来るかもしれない。
浴衣を見てみたいという気持ちと私服で来てほしいという二つの相容れない感情の間で、僕は実にくだらない葛藤をしていた。
時計を見ると五時十五分。
まだ十五分時間がある。
その間に、未羅が浴衣だった際のまともな言い訳を考えようと必死になっていると、後ろからカランカランと足音が近づいてきた。
その足音は僕の真後ろで止まり、
「おまたせ、空人君。ずいぶん早いね」と聞きなれた声が聞こえた。
もうくだらない言い訳はやめよう。
そう思い、振り返りながら謝ろうとした。
「未羅、本当に―――・・」
ごめん。この言葉は今一番ふさわしくない言葉だった。
「・・・綺麗だ」
この言葉しか出なかった。
というより、無意識に口からこぼれていた。
そこには予想通り浴衣を着た未羅が立っていたわけだが、その綺麗さは想像を遥かに越していた。
当然の話だ。
人間見たことがあるものは想像できるが、今まで見たことないものに対して想像するなんて不可能なのだから。
そのくらい、浴衣を着た未羅は綺麗だった。
白が基調で赤、黒、グレーの菊の花が散りばめられた派手な浴衣に漆黒の帯が締められることで、まとまりがあるシックな印象を与え、髪型は綺麗に編み込まれた髪に緋色のビー玉のようなものがついた簪が一つ。
余計なものはなく、その簪もあくまで本人を引き立てる為だけにそこにあった。
いつもとは違う大人の雰囲気を放つ未羅はとにかく、そう、とにかく綺麗だった。
「あ、今見惚れてたでしょ?
そっかそっかぁ~。
浴衣の私が綺麗すぎて言葉も出ないかぁー」
言葉を失う僕に対して、未羅はいつもの調子でおどけて見せた。
「う、うん。すごい似合ってるよ」
ふざけて返す余裕もなく、心の声が駄々洩れになる。
「えっ・・・えっと、うん。・・ありがと」
未羅も照れてしまったようでで、お互い言葉に詰まる。
「あっ・・えーっとメイクもいつもと変えてみたんだけど・・どうかな?」
未羅はまるで褒められることに味を占めたかのように上目遣いで聞いてきた。確かにいつもと違った。
「た、確かに目元が赤いね。
大人っぽくていいと思う」
「アイシャドウ」
「え?」
「アイシャドウっていうんだよ、これ」
「そ、そっか。アイシャドウ。
・・いいね、アイシャドウ」
綺麗さに見惚れて完璧に上の空だった。
「ふっ・・ふふっ・・・あはははっ。
もうっ、空人君緊張しすぎ!
緊張しすぎて、覚えたての日本語を連呼する外人さんみたいになってるよ」
「ご、ごめん!うまく言葉にできないけど、すごくきれいだよ」
「うん、そう思ってくれてるのは十分伝わったよ。ありがとね」
そう言って、未羅は優しく微笑んだ。
「あ、あと、折角浴衣で来てくれたのに、こんな普段着で来ちゃって、気が利かなくてごめん」
僕が弱気な声でそう言うと、未羅はデコピンをしてきた。
「君も浴衣で来たら、誰がこの人ごみの中で歩きにくい私の手を引いてくれるの?」
本当に未羅はフォローの仕方がとてもうまい。
いつもこの優しさに助けられている。
そうだな。
いつもこうやって助けてもらっているんだから、今日くらい胸を張って未羅の彼氏として、振舞わなきゃだめだよな。
そう思い、顔を上げ、頭を掻きながら
「そうだった。ごめんな」
と笑うと、
「しっかり離さないでリードしてね、彼氏さん」
と手を僕に差し出した。
僕らの地元で開催される花火大会は、他のどこの花火大会よりも早い時期に開催されるため、一足先に夏を味わいたい人たちが遠方からも訪れる比較的大規模な花火大会だった。
他の花火大会が大体八月下旬で納涼を目的とする中、この花火大会は夏の始まりを宣言するというようなイメージだ。
一応、壱とはほぼ毎年来ていたこともあり、どれくらいの人が押し寄せるかは知っていたため、少し早めに集合時間をセッティングしておいた。
しかし僕はその時間よりもさらに早く集合場所の改札に着いてしまった。
理由は単純に家でじっとしていられなかったからだ。
朝から落ち着く事が出来なくて、本を読み心を落ち着かせようと三回くらい試みたが結局失敗に終わり、気付いたときには予定の電車よりも二本早いものに乗っていた。
まだ五時になったばかりだが、それでも駅には浴衣や甚兵衛を着ている人の姿がちらほらみられた。
中には親子そろって浴衣で来ていて、履きなれない下駄で一生懸命母親の歩くスピードに合わせようとしている子もいた。見ているだけで心が和む。
和むと同時にハッとし、自分の服装に目をやった。
・・・やってしまったかもしれない。まったくの普段着を身にまとった自分の姿がそこにはあった。
はあ、恋愛に無頓着だとそういうところに気が回らない。
壱のアドバイスがなきゃこんなことも思いつかないなんて、つくづく自分が嫌になる。
いや、でも約束の時“浴衣で”なんて一言も言ってなかったから、未羅も私服で来るかもしれない。
浴衣を見てみたいという気持ちと私服で来てほしいという二つの相容れない感情の間で、僕は実にくだらない葛藤をしていた。
時計を見ると五時十五分。
まだ十五分時間がある。
その間に、未羅が浴衣だった際のまともな言い訳を考えようと必死になっていると、後ろからカランカランと足音が近づいてきた。
その足音は僕の真後ろで止まり、
「おまたせ、空人君。ずいぶん早いね」と聞きなれた声が聞こえた。
もうくだらない言い訳はやめよう。
そう思い、振り返りながら謝ろうとした。
「未羅、本当に―――・・」
ごめん。この言葉は今一番ふさわしくない言葉だった。
「・・・綺麗だ」
この言葉しか出なかった。
というより、無意識に口からこぼれていた。
そこには予想通り浴衣を着た未羅が立っていたわけだが、その綺麗さは想像を遥かに越していた。
当然の話だ。
人間見たことがあるものは想像できるが、今まで見たことないものに対して想像するなんて不可能なのだから。
そのくらい、浴衣を着た未羅は綺麗だった。
白が基調で赤、黒、グレーの菊の花が散りばめられた派手な浴衣に漆黒の帯が締められることで、まとまりがあるシックな印象を与え、髪型は綺麗に編み込まれた髪に緋色のビー玉のようなものがついた簪が一つ。
余計なものはなく、その簪もあくまで本人を引き立てる為だけにそこにあった。
いつもとは違う大人の雰囲気を放つ未羅はとにかく、そう、とにかく綺麗だった。
「あ、今見惚れてたでしょ?
そっかそっかぁ~。
浴衣の私が綺麗すぎて言葉も出ないかぁー」
言葉を失う僕に対して、未羅はいつもの調子でおどけて見せた。
「う、うん。すごい似合ってるよ」
ふざけて返す余裕もなく、心の声が駄々洩れになる。
「えっ・・・えっと、うん。・・ありがと」
未羅も照れてしまったようでで、お互い言葉に詰まる。
「あっ・・えーっとメイクもいつもと変えてみたんだけど・・どうかな?」
未羅はまるで褒められることに味を占めたかのように上目遣いで聞いてきた。確かにいつもと違った。
「た、確かに目元が赤いね。
大人っぽくていいと思う」
「アイシャドウ」
「え?」
「アイシャドウっていうんだよ、これ」
「そ、そっか。アイシャドウ。
・・いいね、アイシャドウ」
綺麗さに見惚れて完璧に上の空だった。
「ふっ・・ふふっ・・・あはははっ。
もうっ、空人君緊張しすぎ!
緊張しすぎて、覚えたての日本語を連呼する外人さんみたいになってるよ」
「ご、ごめん!うまく言葉にできないけど、すごくきれいだよ」
「うん、そう思ってくれてるのは十分伝わったよ。ありがとね」
そう言って、未羅は優しく微笑んだ。
「あ、あと、折角浴衣で来てくれたのに、こんな普段着で来ちゃって、気が利かなくてごめん」
僕が弱気な声でそう言うと、未羅はデコピンをしてきた。
「君も浴衣で来たら、誰がこの人ごみの中で歩きにくい私の手を引いてくれるの?」
本当に未羅はフォローの仕方がとてもうまい。
いつもこの優しさに助けられている。
そうだな。
いつもこうやって助けてもらっているんだから、今日くらい胸を張って未羅の彼氏として、振舞わなきゃだめだよな。
そう思い、顔を上げ、頭を掻きながら
「そうだった。ごめんな」
と笑うと、
「しっかり離さないでリードしてね、彼氏さん」
と手を僕に差し出した。