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 最寄り駅には小さなロータリーと、その中心に寂れた少女の像があるくらいで、他に目立つものは特にない。
 そして二本ある線路と、駅舎は跨線橋のような形をしている。
 改札口に続く階段を久しぶりに上ると駅舎の柱に見慣れた顔が寄りかかっていた。
 彼は僕に気づくとイヤホンを片耳だけ外し、言い慣れたような口ぶりで言った。
「おっす。久しぶり、でもないか」
 彼の名前は桐原壱也。
 僕と壱はいわゆる幼馴染であり、そして今となっては数少ない僕の友達と呼べる存在でもある。
 夏休み中頻繁に会っていた友達とは壱のことだ。
 壱は高身長でイケメンなうえに、気さくな性格をしていて高校では人気者だ。
 だから僕と一緒にいなくても友達には困らないはずだが、小学校の時から変わることなく、僕と一緒に登校しているのはたまに不思議に思う。
「別に待ってなくてもいいのに」
 朝会うたびに何度口にしたことだろう。
「ん-、これに関しちゃもう習慣だからなぁ」
 壱はあっけらかんとした口ぶりで、頭を掻きながら言った。
 このセリフも何度耳にしたことだろうか。
「大体、なんでわざわざ僕が乗ってくるバスの時間を把握してるのさ。
そこまでする必要もないでしょ」
「んー、それに関してももう習慣になってるからなぁ」
 今度は、苦笑いしながらそう言った。
 おそらく、明日も明後日も彼は僕を待つだろう。
 もちろん悪い気はしない。
 そしてお決まりのやり取りを終えると、僕たちは一緒に駅のホームに向かった。
 ホームに降りると、学生とサラリーマンで蒸しかえった階段付近をするりと通り過ぎ、ホームの端まで行く。
 これも、僕と壱のお決まりだ。
 最後尾の車両は、年中空いていて心地がいい。
 電車に乗り込むやいなや、壱はまるであらかじめ話題にすることを決めていたかのように聞いてきた。
「なあアキト、彼女できた?」
 来たか。
「夏休み中、毎週のように会ってたでしょ。
それが答えだよ」
「なんだよぉ。
せっかく夏休み中はあえて聞かないで期間を設けてやったのに。
夏は最大のチャンスだろ?
花火大会とかキャンプとかプールとか海とかいっぱいイベントあっただろうに」
 果たして彼はそのイベントとやらを一つ残らず自分から無理やり誘い、外に出るのを嫌がった僕を連れまわしたことを自覚した上で言っているのだろうか。
 そう言い返そうと思ったが面倒なのでやめた。
 壱の暑苦しさと図太さにうんざりしながら文庫本を取り出して読み始めようとすると、壱は続けて気になる人くらいいないのか、と聞いてきた。
 気になる人。
 そのワードを聞いた時頭をよぎったのは、今朝の夢の“声”だった。
 壱の言う「気になる人」とは異なるかもしれないが、知らないはずなのにまるで僕の中の奥底に昔から存在していたかのように僕の記憶の一部として溶け込み、何の違和感も感じさせないその“声”の持ち主のことを想像した。
 まず夢であって本当に存在するわけではないのだが、どうしてもその声が他人事のように思えなくて、今までの人生を振り返り知り合いの中にその声の持ち主がいるかどうかを考えたが心当たりはない。
 ここまで思考を巡らせるのに数秒、壱の質問に返答しなかったため、このあと酷い質問攻めにあった。
 どこで知り合ったのか、同い年か、同じ学校か、などなど。
 あまりにしつこかったので今朝の夢のことをすべて話した。
 もちろんこの相手が他の人だったら架空の人物を作り上げ、適当に流していただろう。
 しかし、小学校からの付き合いである壱のことはよくわかっている。
 彼に嘘を言ってもすぐばれるのだ。