その日の夕方、僕の視界には見慣れた光景が広がっていた。
 人気がなく静まり返った教室で机を一つはさみ目の前には冬野が座っている。
 だが、二人の間に感じる距離だけはいつもと違った。
 冬野は俯いたままで、僕自身も声を掛けたはいいものの、いざ二人きりになるとなんて切り出したらいいか分からずにいた。
「えーっと・・・とりあえず、あんな呼び出し方してごめん」
 勢い任せに行動した結果、クラスの注目を集めてしまったことは素直に反省していた。
 普段から目を向けられることに慣れている人だとしても、あのような注目のされ方は不快に感じるだろう。
「・・まったく、ほんとだよぉ。
・・・これで私たちの関係、みんなにバレちゃったね」
 俯いたままそう言っておどけた冬野は、まるで始めて会話した時に戻ったみたいだった。
 そして、そんなよそよそしさを纏っている彼女の口から出た“関係”という言葉には違和感を覚えた。
「えーっと・・・この間のメッセージ見た?」
「うん、見たよ」
「そ、そっか・・・」
 なぜ返信してくれなかったのか、とは聞けなかった。
「最近冬野と全く話してなかったけど、大丈夫?」
 白を切るような自分の発言に胸がチクチクと痛む。
「・・うん、むしろ絶好調だから大丈夫だよ」
 そんな僕の、聞きたくて聞いたわけじゃない無意味な質問にも冬野は表情一つ変えることなく淡々と答えた。
「・・・絶好調になったのは、僕と会わなくなったから?」
「違う!・・・そんなわけない」
 急に勢いよく顔を上げた冬野は、まるで言いたいことを言おうとすると言葉に詰まる呪いにかけられているようだった。
 今すぐにでも伝えたいことがある。
 しかし、それを口にすることは許されていない。
 そんな表情で僕を見つめている。
 こっちまで胸が締め付けられる。取り繕った仮面が崩れ去った瞬間を僕は見逃さなかった。
「・・・なあ、冬野。僕たちの“関係”って何なんだろうね」
 踏み込んでしまうことへの“不安”と、はっきりさせたいという“じれったさ”の両方が僕の中に混在していた。
「・・・さあ、何だろうね。
普通の友達なんじゃないかな」
 冬野はまた取り繕い直したようだ。
 そしてその言葉は、取り繕った発言だと分かっていても、僕の勇気を削ぐのには十分な力を持っていた。
 そんなことはないと分かっていても、「もしこれが冬野の本心だったら」という思考が、正しい判断の邪魔をしようとする。
 そんな思考が僕全体をじわじわと侵食しようとしていたので、手遅れになる前に口を開いた。
 言いたいことは全くまとまっていなかった。
「・・・僕はそれで終わらせたくない」
 まとまってはいないが、本心だった。
「・・・ふーん、そっか」
 僕の言葉を聞いた冬野は一瞬体がぴくっと動いたが、あくまでも俯いたままを貫いていた。
「・・・それでおしまい?
僕は、冬野と友達のままで終わらせたくないって言ったんだよ。
それが嫌なら、はっきりと言ってほしい」
 それを聞いた冬野は、「はい」も「いいえ」も言わなくなってしまった。
 ずっと黙ったまま俯いている。
 この時正直ほっとした自分がいた。
 少なくとも否定しないということは、さっきまでの態度はやはり本心ではないと確信が持てたからだ。