「あ、起きちゃった?
遅くなってごめんね?」
 影の正体は僕を覗き込む冬野の顔だった。
 ここまで近くで見ることは今までなかったが、こうして見ると改めて綺麗に整った顔だと感心してしまう。
「これ買おうとしてコンビニ行ったら遅れちゃった」
 そう言ってカサカサ音を立て、かざした冬野の右手にはたくさんのお菓子とジュースが二本入った袋が握られていた。
 どうやらちょっとしたパーティ気分で今日に臨んでいるらしい。
 確かにあれば、ただ話すより楽しさが増すかもしれないと感じたことは何度かあったが、そう考えているのが自分だけだったらと思うと中々実行に移す勇気が出なかった。
 なんてわけでは決してない。
「別にそこまで待ってないよ。
それに、ここは前から僕が好きな場所だったから、久しぶりにここに来れてむしろ良かったよ」
「へぇ~、そうなんだ。
アキト君のことだから、よくさぼりに来てたとか?」
 ゆっくりと体を起こす僕に向かって、オルガンで頬杖を突きながらそう言う冬野は、まるであからさまに面白いいたずらを思いついた幼い少女のような笑みを浮かべていた。
 まったく。
 最近のほんの少しの付き合いで僕がどんな人なのか、もうバレてしまっているらしい。
「まあ、そんなとこ。
それよりごめん。気が利かなくて。
それいくらだった?」
 顎で袋を指しながら聞くと冬野はサッと袋を後ろに隠し、
「えっ・・・あ、これ!?いや、大したことないから気にしないで!」
「いや、でも――、」
「ほんとに!ダイジョブだからっ!」
 慌ててお菓子を隠す姿が、まるで悪いことをしたのを隠す小さな子どものようで、何だかおもしろかった。
「・・あははっ、別に悪いことをしたわけでもないのに何で隠すんだよっ」
「あ、確かに、言われてみれば変かも。で、でもこれはある意味反射的なものでっ・・・!
もーっ、そんなに笑わなくてもいいじゃんかぁー」
 頬を分かり易くプクーッと膨らます姿がいじらしい。
「ごめんごめん。
でも、ほんとにいいの?」
「いじわるする人には払ってもらおうかなーっ」
「うん、いいよ。いくら?」
「もうっ、冗談だよ。
ほんとに、私が買いたくて買っただけだから気にしないで?」
「わかった。
ここは素直に甘えさせてもらうよ。
ありがとう」
「うん、素直でよろしいっ!
どういたしましてっ」
 人差し指をピンと立ててそういう姿を見て、また可愛いなと素直に思ってしまう。
 こんな僕と不釣り合いな子が、今こうして目の前にいて、同じ秘密を共有している。
 その事実だけで、僕の心はまるで水を並々と注がれたコップのように満たされていた。
 満たされているだけまだましな方だ。
 これでもっと望むようになってしまえば、それはいよいよ“至ってしまった”ということを意味するのだろう。
 まあ、きっとそれももう時間の問題なのかもしれない。
 その後、その僕のお気に入りスペースでいつものように話をするのかと思いきや、どうやら違うらしい。
 疑問の表情を浮かべる僕を「まあついて来なさい」とでも言わんばかりの顔で先導し始めた。
 誰もいないフロアに二人の足音がコツコツと響き渡る。
 ・・なるほど、確かにそれは予想外だ。
 冬野は最上階であるはずの四階からさらに上に上り始めた。
「自信満々な顔をした理由がわかったよ。
確かに、この先は僕でも行ったことがないや」
「でしょ。
ここから先は壱也くんの時別な場所らしい」
 それは知らなくて、素直に驚いた。
「アキトとの密会場所としてぜひ使ってくれ、だってさぁ~」
 ニヤニヤしながらこっちを見る冬野に、どうしようもなく小恥ずかしくなり頭をかいた。
 まったく、そういうことを恥ずかしげもなく直接本人に言ってくるあたり、冬野には敵わない。
 そして、壱も壱だ。
 良く出来すぎた幼馴染で困惑してしまう、ほんとに。