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 この日を境に、僕と冬野の奇妙な関係が始まった。
 日中はお互いに別々の時間を過ごし一言も言葉は交わさないが、週に二~三日僕たちは日が沈みかけた教室で待ち合わせ、お互いが好きな小説について語り合った。
 待ち合わせはいつもどちらかが「日が暮れる頃に教室で」とスマホでメッセージを送るのが合図だった。
 いつも小説に関わることで集まっていたが、することは日によってバラバラだった。
 お互いが読んでほしい小説を貸し合ったり、その内容について感想を言い合ったり、ただただ別々の本をひたすら読むだけの日もあった。
 僕はなるべく新しい本を持ってきて冬野に貸すようにしていた。
 なぜなら、冬野はどれだけ分厚い本を渡しても必ず次の日には読み終えてくるからだ。
 そうすれば必然的に二日連続で会うことができる。
 とても安易な考えだが、僕は素直にそのことが嬉しかった。
 一体彼女はいつ睡眠時間を確保しているのだろう、と考えてしまうくらい冬野は確実に一冊を一晩で読んでくる。
 その割には、学校で居眠りすることはなく、クマを作っているわけでもない。
 もしかしたら、ネットで大まかなあらすじだけ調べているのではないかと考えたときもあったが、会話をしているとしっかり読んできたのが伝わってくる。
 まあ仮にそうだとしても僕と会話をするためにわざわざ何かアクションを起こしてくれる、ということ自体がありがたい。
 そして、壱には最初は隠しているつもりだったが、気を使われているのがありありと伝わってきて逆にそれがつらかったので自分から話してしまった。
 一緒に帰る頻度が減ってしまってなんだか申し訳なかったが、壱はむしろ嬉しそうにしていて、快くその関係を応援してくれた。
 壱曰はく、「親友の春を応援しないで親友を名乗れるかっ!」だそうだ。
 春だとか、正直そんなこと、今は微塵も考えていない。
 けれど、自分の好きなものに共感してくれて一緒に語り合う人がいるという事実はこんなにも心躍ることなのかと実感している真最中ではある。
 しかも、それがクラス一の美人となれば尚更だ。
 どんな形であれ、やはり素直に応援してくれる友達は大切にしなければ、そう思った。