「怒ってないんですか!?
空人君は私に出会わなければ事故に巻き込まれることもなかったんですよ!?
私のことを知らなければ、今もここにいたかもしれないんですよ!?」
 止まってほしくても止まらないその言葉は、自分に向けたものだった。
「・・・でも未羅ちゃんに出会わなければ、あの子はあの子にすらなれなかったわ?」
 その言葉で私は気付いた。
 空人君は後悔なんてしていなかった。その質問に対する答えが聞こえなかったのは、きっと私自身がそれを一番よく分かっていたからだ。
 だってあなたについて思い出すのは、こんなにも愛おしい笑顔ばかりなんだから。
「もちろん私も悩んだわ。
いまでも葛藤している。
どうすればあの子は助かったのか。
あの日家から出ていくのを止めればよかったのか。
そんなことばかり考えるわ。
あの子がいなくなって平気なはずがない。
でもね、あの子の変わっていく姿を思い出すと、どうしてもあなたの存在を否定することはできないの。
そんなあの子の生き方を否定するようなことできるはずがない。
未羅ちゃんはあの子の生きる意味だったの。
あの子の一部なの。
だからあなたが自分を許せないと、あの子もきっと浮かばれない。
どうか・・自分を許してあげて?」
 そこから私はまた号泣した。
 きっと今日一日で、一生分泣いた。
 そして、涙が枯れた頃、私と空人君のお母さんはまた会う約束をして別れた。
 空人君のお母さんは別れ際に持ってきていた紙袋を私に渡した。
 空人君の部屋を整理していたら出て来て、数ある物の中から不思議と目に留まったらしい。
 そして、受け取るときにこう言われた。
「これは、未羅ちゃんが完成させて?
完成した頃に、あなたが完全に自分を許せるようになっていることを祈ってるわ」
◆◇◆◇
 同日の夜中、その紙袋を開けると一冊のノートとUSBメモリーが一つ入っていた。
 ノートには何やらアイデアのようなものが乱雑に書かれていた。
 文と文がたくさんの矢印などで繋がれている。
 それだけでは何か分からなかった。
 しかしUSBの中身を見ると「原案」というフォルダが入っていて、それを開いた瞬間やっとノートの意味が理解できた。
 それは小説だった。
 恐らく空人君が考えたオリジナルのものだ。
 その時私は、屋上での会話を思い出した。
 空人君の言っていた“やりたい事”というのはこのことだったらしい。
 その小説は基本主人公の男の子の視点で物語が進んでいくもので、内容は主人公がある女の人と出会って、人生の選択の中で生きる意味を探していくという極々ありふれた物語だった。
 これは空人君自身のことだろう、分かり易くてどこまでも純粋な文章に笑みがこぼれた。