◆◇◆◇
その時両親が不在だった私の家は、人が居るとは思えないくらいの静寂に包まれていた。
「あの・・よろしければ召し上がってください。」
お茶を差し出して、小さな声でそう言ったが、今の環境ではとてもはっきりと明確に響き渡った。
「どうもありがとう」
彼女は私の目を見て言ったが、私はそれに応えることが出来なかった。
そして、席に着く前に私にはやらなければいけないことがあった。
空人君のお母さんからしっかりと見えて、且つ何もないスペースに移動した私は、ゆっくりと膝をつき手を床に添えて、そして頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。
空人君を巻き込んでしまったこと。
そして、帰らぬ人にしてしまったこと。
お葬式に行かなかったこと。
今まで一度もこのような場を自分で設けようとしなかったこと。
数々のご無礼お許しください。」
「・・・どうか、顔をあげてください」
しばらくの沈黙の後、彼女は優しい声でそう言った。
耳だけで分かるその優しさは、鋭く私の心を突き刺した。
「いいえ!そんな訳にはいきません!
私はあなたの息子さんを奪ったんです!
どんなに謝っても許されることじゃありません!
顔をあげて目を見ることなど許されません!
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
実の母親の前で泣くなど絶対に許されなかった私は、震えないように声を大きくしてひたすら謝った。
そして、何度「ごめんなさい」と言ったんだろう。
連呼すればするほどその言葉の重みは消えていくのが分かっていたのに、その言葉しか出ない自分が情けなくてしょうがなかった。
しかし収拾がつかなくなっていた私の頬を優しい手が包み込み、スッと私の顔を持ち上げた。
何が起きているのか分からなかった。
気付けば、私の体を空人君のお母さんが包み込んでいた。
「・・・もういいの。
一人でよく頑張ったわね。
誰もあなたのせいだなんて思っていないわ?」
涙を流しながら優しく包み込んでくれたその優しさに私は我慢できなかった。
今まで溜まっていたものが全て溢れ出てくるかのようにボロボロと泣き喚いた。
簡単にすべてが放出することはなく、落ち着くまでしばらくの時間を要した。
その間二人ともずっと床に座りこんだままだった。
「これ、あなたでしょう?」
落ち着きを取り戻し席に着くと、空人君のお母さんは一輪の枯れた花を見せてきた。
私はその花に見覚えがあった。
「この花、ゴールドコインっていうのね。
最初はかわいいって思うだけだったんだけど、あの子の所に行くたびにこの花が増えていくから気になったのよ。
誰がお供えしてくれているんだろうって。」
私は何も言えずにただ黙っていた。
「この花の花言葉。
それをお花屋さんに聞いてすぐに分かったわ。
これをお供えしてくれているのはあなただって。
『あなたは魅力に満ちている』
こんな素敵な言葉をあの子に送れるのは、あの子の名前をよく知ってる子だけだわ?」
また目から涙があふれてきた。
「あの子、自分のこと全然話さないから手を焼いたわ。
でもね、ある日一度だけ私に『この名前にしてくれてありがとう』って言ってくれたことがあってね。
でも最初からあの子が自分の名前を嫌っていたことは知っていたから、びっくりしたのよ。
そしたらあの子
『僕の名前を好きって言ってくれる人がいる。
その上で僕を満たしてくれる人がいるんだ』
って言ったの」
私はもうどうしようもないくらい顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「でもその子の名前も居場所も教えてくれなかったから、あの子が事故に遭った時初めてあなたの名前を知ったわ。
そして、お葬式にあなたの家族が来てくれた時、あなたの両親の顔を見てすぐに分かったわ。
未羅ちゃんは今自分を許せていないって。
だから、今日ここに来たの。
でもまさか、こんな可愛い子があの子を満たしてくれていたなんて。
今までありがとうね。
未羅ちゃん。
あの子に代わって言わせてもらうわ」
思いがけない優しさに触れ、私はどうしたらいいか分からなくなった。
その時両親が不在だった私の家は、人が居るとは思えないくらいの静寂に包まれていた。
「あの・・よろしければ召し上がってください。」
お茶を差し出して、小さな声でそう言ったが、今の環境ではとてもはっきりと明確に響き渡った。
「どうもありがとう」
彼女は私の目を見て言ったが、私はそれに応えることが出来なかった。
そして、席に着く前に私にはやらなければいけないことがあった。
空人君のお母さんからしっかりと見えて、且つ何もないスペースに移動した私は、ゆっくりと膝をつき手を床に添えて、そして頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。
空人君を巻き込んでしまったこと。
そして、帰らぬ人にしてしまったこと。
お葬式に行かなかったこと。
今まで一度もこのような場を自分で設けようとしなかったこと。
数々のご無礼お許しください。」
「・・・どうか、顔をあげてください」
しばらくの沈黙の後、彼女は優しい声でそう言った。
耳だけで分かるその優しさは、鋭く私の心を突き刺した。
「いいえ!そんな訳にはいきません!
私はあなたの息子さんを奪ったんです!
どんなに謝っても許されることじゃありません!
顔をあげて目を見ることなど許されません!
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
実の母親の前で泣くなど絶対に許されなかった私は、震えないように声を大きくしてひたすら謝った。
そして、何度「ごめんなさい」と言ったんだろう。
連呼すればするほどその言葉の重みは消えていくのが分かっていたのに、その言葉しか出ない自分が情けなくてしょうがなかった。
しかし収拾がつかなくなっていた私の頬を優しい手が包み込み、スッと私の顔を持ち上げた。
何が起きているのか分からなかった。
気付けば、私の体を空人君のお母さんが包み込んでいた。
「・・・もういいの。
一人でよく頑張ったわね。
誰もあなたのせいだなんて思っていないわ?」
涙を流しながら優しく包み込んでくれたその優しさに私は我慢できなかった。
今まで溜まっていたものが全て溢れ出てくるかのようにボロボロと泣き喚いた。
簡単にすべてが放出することはなく、落ち着くまでしばらくの時間を要した。
その間二人ともずっと床に座りこんだままだった。
「これ、あなたでしょう?」
落ち着きを取り戻し席に着くと、空人君のお母さんは一輪の枯れた花を見せてきた。
私はその花に見覚えがあった。
「この花、ゴールドコインっていうのね。
最初はかわいいって思うだけだったんだけど、あの子の所に行くたびにこの花が増えていくから気になったのよ。
誰がお供えしてくれているんだろうって。」
私は何も言えずにただ黙っていた。
「この花の花言葉。
それをお花屋さんに聞いてすぐに分かったわ。
これをお供えしてくれているのはあなただって。
『あなたは魅力に満ちている』
こんな素敵な言葉をあの子に送れるのは、あの子の名前をよく知ってる子だけだわ?」
また目から涙があふれてきた。
「あの子、自分のこと全然話さないから手を焼いたわ。
でもね、ある日一度だけ私に『この名前にしてくれてありがとう』って言ってくれたことがあってね。
でも最初からあの子が自分の名前を嫌っていたことは知っていたから、びっくりしたのよ。
そしたらあの子
『僕の名前を好きって言ってくれる人がいる。
その上で僕を満たしてくれる人がいるんだ』
って言ったの」
私はもうどうしようもないくらい顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「でもその子の名前も居場所も教えてくれなかったから、あの子が事故に遭った時初めてあなたの名前を知ったわ。
そして、お葬式にあなたの家族が来てくれた時、あなたの両親の顔を見てすぐに分かったわ。
未羅ちゃんは今自分を許せていないって。
だから、今日ここに来たの。
でもまさか、こんな可愛い子があの子を満たしてくれていたなんて。
今までありがとうね。
未羅ちゃん。
あの子に代わって言わせてもらうわ」
思いがけない優しさに触れ、私はどうしたらいいか分からなくなった。