「ま、なんでもいんじゃん? 人生ってそういう風にできてるらしいし」


根拠もなくそう言うのが、橋本の特徴だった。私にはないポジティブ性を持っている。見えない未来に期待ができる、夢いっぱいの男だ。「らしいじゃん」「多分そうかも」「だといいよね」それが口癖。彼はそういうやつなのだ。


「でも、みんな大学進学が基本じゃん。私だって、やりたいことはなくてもまだ社会に出る勇気はないし、大学生にはなりたいよ」
「じゃあそう書けばいいだけだろ。どっかの大学生にはなりたいですって」
「だから、大学生になるためにどこの大学を希望するかを書けって言われてるんじゃん」
「『希望がないので私の学力でイイ感じに入れるところ』とでも書いとけ」
「そんなのぜったい呼び出しくらう」
「おまえなんなん? 相談してきたのそっちじゃん」


橋本がだるそうに私を見ている。

わかってるよ、わかってるけど、もうちょっと真面目に考えてくれたっていいじゃん。

なんて、それが私の我儘だってことまで、本当はちゃんとわかっている。



「……真面目に書きなさいってさ、親にも先生にも怒られるんだよ」
「そのシステム、まーじで意味わかんねえよなぁ。こっちの将来、何を希望したってなんでもいいじゃんな」



橋本。あんただけなんだ、そんな風に言ってくれるのは。

進路希望調査票の上にかぶさるように机の上に上半身を倒した橋本が「ねーむ」とぼやいている。首だけ窓の方に向けていて、オレンジ色の空を静かに見つめていた。

通った鼻筋と長いまつ毛が、西日に照らされてやけに魅力的だった。