そして佐伯は不満そうにしたまま、僕と反対方向に行ってしまった。

 僕は一人で、目的もなく歩き始める。

 佐伯は古賀のことを信じろと言ったけど、正直、なにを信じればいいのか、わからない。

 古賀が最近、僕のところに来ない。

 これは紛れもない事実で、その理由を考えてしまうのは、当然のことだ。

 それが偶然、悪い方向に向いてしまっただけ。

 でも、今までの古賀の行動パターンから、古賀が僕の過去を知ったくらいで、僕のところに来なくなるわけがないと思い始めた。

 古賀なら、迷いながらも僕に文句を言ってきそうだ。

 僕は自分の頬を叩き、深呼吸して、気持ちをリセットする。

「夏川センパイ」

 今日はどこで写真を撮ろうかと思いながら外廊下に出た矢先、背後から呼びかけられた。

 古賀かもしれないなんて変な期待を抱きながら振り返ると、知らない女子生徒が立っている。

 一瞬、氷野のような髪型をしているから、勘違いをしてしまいそうだったけど、間違いなく知らない子だ。

 その子は小さく口角を上げ、僕の元に駆け寄ってくる。

 そして、両手で僕の右手を握った。

「夏川栄治センパイ。夢莉(ゆめり)の専属カメラマンになってくれませんか?」

 僕を見上げる彼女の瞳は、輝いている。

 古賀が初対面で僕に向けてくれたみたいな、希望に満ちた眼。

 こんなときでも、僕は古賀のことを思い出すのか。

 頭をリセットしたはずなのに、軽く思い出したせいで、古賀への気持ちでまた頭がいっぱいになる。

 でも、目の前の彼女からの視線で、現実逃避をする程ではなかった。

 不思議と、彼女の距離感はニガテだと感じてしまい、僕はそっと彼女の手から逃げる。

「君は?」
藍田(あいだ)夢莉です。一年です」

 藍田さんの距離感は、近いままだ。

 仕方なく、僕は一歩、後ろに下がる。

「カメラマンだっけ。どうして僕に?」
「夏川センパイの写真が、一番盛れてたからです」

 藍田さんは喋りながら、スマホを操作する。

 そして、僕に画面を向けてきた。

 僕には興味のない、だけど周りの女子たちが楽しそうに話しているキラキラとした写真が、たくさん映っている。

「これ、夢莉のアカウントなんですけど。氷野咲楽よりフォロワーが少ないんです」

 藍田さんのフォロワー数は216。

 それよりも多いなんて、氷野はインフルエンサーにでもなるつもりなのか。

「で、どうしたら差が付けれるかなあって思ったとき、夏川センパイが撮った夢莉を見つけたんです」

 藍田さんの声のトーンはころころと変わり、楽しそうに話すけど、僕にはわからない話ばかりで、正直ついていけない。

 ゆえに、適当に相槌を打つことしかできなかったのだけど、藍田さんは僕が話を聞いているかどうかは、どうでもいいみたいだった。

「夢莉、よく自撮りして加工しまくって可愛く見せてるんですけど、夏川センパイが撮った夢莉なら、そんなことしなくても最高に可愛いじゃんって、思ったんですよ」

 古賀の話を聞いたからだろうか。