「んー、美味しいー♪」

風花と真希が声を揃えて同じ反応をした。素直な反応でもタイミングが重なる2人を素直にすごいと思った。

 「師匠、これ何か隠し味で入ってますよね?」

目を光らせながら師匠に尋ねる料理好きな美咲に対して、師匠はあのムカつくニヤケた表情と誰もが腹の立ちそうなドヤ顔を返していた。

 「お、さすが美咲だな。よく気づいたな。うん、これには隠し味である物を入れてるんだ。優子に教えてもらった」

みんなの視線が一気に優子の方を向いた。それに照れた様子で反応した優子は視線を自分の取り皿に向けた。動揺しているのか、スプーンで掬ったじゃがいもをルウの中へこぼしていた。何もなかったように優子は再びじゃがいもを掬って口の中に入れた。

 「へぇー! 優子ちゃんに! もしかして優子ちゃん、料理も出来る人?」

今度は京子が、まるで彼女の好きな男の人を見るようなキラキラした目で優子を見た。

 「ううん。私は人並みですよ」

優子は照れ隠しをするように感情を抑えて反応していた。優子は照れた時、それを悟られまいと冷ややかに対応したりする。この1年で優子のクセが少しぐらいは分かった気がする。気がするだけかもしれないけれど。僕は彼女のそんな反応も好きだが、みんなに誤解されていないか少し焦る時がある。

 「クールな優子ちゃん、謙虚だ!」

優子の返しにも太陽のような笑顔を見せる京子を見て、その心配はいらなそうだと安心した。

 「けど師匠。そこまで言うなら隠し味が何なのか教えてくださいよー♪」

酒に飲まれ始め、顔が赤くなってきた風花がへらへらと笑いながら師匠に尋ねた。普段、客に話すような猫を撫でる声が出てきている辺り、彼女が仕上がるのは早いかもしれない。師匠はそれに触れず、また鼻を鳴らしてドヤ顔をした。

 「バーカ、隠し味は誰にも話さないから隠し味なんだよ。オレと優子だけの秘密だ」
 「えー、何かズルーい」
 「ハハ、悪いな。けど、いつかお前たちもその隠し味を知ることが出来ると思うぞ。んで、それはいつまでもお前たちの財産になるはずだ」
 「何ですか、それ。まさか『まごころ』とかそういう類のやつですか?」
 「それはどうだろうな? 隠し味だ」
 「意味分かりませーん!」

京子の全身を使って表現するオーバーリアクションはいつだって面白い。テレビに映るお笑い芸人なんかよりも面白く思うのは僕だけだろうか。お酒も入っている京子は変顔を師匠に向けながら師匠の腕にしがみついている。

 「ししょー! 私はやっぱりししょーの作るシチューが大好きですー! 何ならししょーが大好きですー!」
 「へへ! 京子から告白されちまった! お前ら羨ましいだろ! 京子、オレもお前の事が大好きだぞ! いつもありがとうな!」

師匠はそう言って、京子と同じくらいニカっとした明るい笑顔を向けながら京子のふわふわのパーマがかかった髪の毛をぽんぽんと撫でた。師匠に撫でられている京子は目をぐるぐる回しながらフラフラになった足取りでソファに倒れ込むようにダイブした。

 「京子ちゃん、師匠に見事にやられたね」
 「師匠の事、大好きなのは私たちも同じだけどね♪」

風花と真希があははと笑いながら手元のワインを流し込んでいる。京子を心配するように優子は京子の隣に腰かけた。

 「京子さん、大丈夫ですか?」
 「優子ちゃーん、わらし、ししょーにらいすきって言っれもらったあぁー!」

呂律も回らなくなっている京子はそのまま幸せそうな顔で寝息を立て始めた。

 「京子ちゃんの師匠に対しての大好きは家族愛っていうよりかは恋愛って感じるのは私だけ?」

美咲がすやすやと眠る京子の方を見つめながらそう呟いた。その言葉に反応するように優子がちらっと美咲の方を見た。

 「京子さんは人一倍、愛情表現の大きい方です。まぁ愛情以外の表現も大きいですが」
 「確かにね。私は逆に感情が表に出にくいタイプだから京子ちゃんが羨ましく思うよ。私だって師匠の事が大好きなのに」
 「ニケ! お前の誕生日なのに悪いな! オレが幸せすぎる時間を味わせてもらってる! この歳にしてモテ期が来たオレをどうか許してくれ!」
 「調子に乗ってる師匠の顔、やっぱムカつく」

 楽しい時間は驚く程一瞬で過ぎていった。僕はその一瞬の間に、これまでの人生で一番幸せだと胸を張って言える誕生日を過ごした。パーティを終え、食器を全て片付け終え、みんなが帰っていったリビングを見ていると、僕はたまらなく時間が戻ってほしくなった。師匠は自分の部屋へ入っていき、僕も部屋のベッドの中へ潜り込んだ。ひんやりとしている布団の中は一層寂しい気持ちになった。それを紛らわせるために僕はさっきの楽しい時間を思い返してみた。風花と真希は底無しにずっとワインを飲んでいたな。京子は師匠に褒められてすごく嬉しそうだったな。美咲と優子は何の話をしているのかは分からなかったけれど、とても楽しそうに笑い合っていたな。優子の笑顔、久々に見れて嬉しかったな。師匠のムカつく顔もいっぱい見た。ムカついたけれど、師匠も楽しそうにしていてよかった。
 実はさっきの時間、多分誰も気づいていなかっただろうけれど師匠は何故か誰にも見られないように静かに涙を流していた。僕にはそれが嬉し泣きでもなく、悲しくて泣いているのでもないように見えた。師匠が泣いている理由は分からなかったけれど僕は師匠のその姿が、目を閉じて意識が無くなる瞬間までずっと頭の中に残っていた。そしてその夜、夢が現実か分からない朧げな意識の中で、師匠が僕の寝るベッドに潜り込んできて僕の体を静かに抱きしめた。感覚があったので夢ではない気がしたものの、あまりの心地よさと幸福感で僕は再び眠りに落ちた。僕のおでこにキスをしたりする師匠がいつまの師匠じゃないみたいだったから、もしかしたら夢だったかもしれない。