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 「2人とも、今日もありがとうね」

今日もバーの営業が終わった。優子と美咲、2人のおかげで今日も店の売り上げは期待以上のものになっていた。自分でも分かるほどオレの機嫌も良い。それに、景気が良い日は後片付けもテキパキと進んでいく。今日はあっという間に仕事が終わった。

 「じゃあ私はこれで。今日もありがとうございました。師匠、優子ちゃん、ニケくん。またね。失礼します」

そう言って美咲は優子に向かってウインクをしてから足早に店を出て行った。何でも今日は彼氏の家に行ってサプライズで誕生日を祝ってやるらしい。充実していて何よりだ。一方の優子はまだ帰りたくないと言いたげに体をモジモジさせているように見えた。

 「ゆ、優子どうしたの?」

ニケがそわそわしながら尋ねると、優子は視線を床に向けたまま口を開いた。

 「今日、おばあちゃんに仕事で家に帰らないって言ってあるんです」
 「へぇ。そうなのか。珍しく口喧嘩でもしたのか?」
 「いえ。今日はおじいちゃんの命日で。おばあちゃんと2人きりの方が良いかと思いまして。私は昼の間のうちにおじいちゃんに挨拶を済ませたので」

どうやら今日の優子は難民らしい。家族に大胆な嘘をつく優子をオレは意外に思った。

 「なるほどな。そういう事ならここに泊まっていけよ。眠くなるまで3人で話そう」

オレの提案を聞いた優子は、仕事中や他の女の子たちがいる前では絶対に見せない笑顔をオレやニケに向けた。久々に見た優子の笑顔を見ると、オレは無性に優子を抱きしめたくなった。隣にいるニケは優子の笑顔を見て優子に動揺しているのを気づかれないためか、異様に瞳孔が大きく開いていた。

 「ありがとうございます。それと、無理を言ってごめんなさい」
 「いいんだよ。気にすんな。むしろ優子がいてくれたらニケも嬉しいだろうし? なぁ?」
 「そ、そんな事ない! い、いや優子が家にいるのが迷惑とか全然そんなんじゃなくて……!」

目線がおろおろと泳ぐニケを見て、優子の表情はさらに柔らかくなった。最近の優子は以前よりも表情に温もりがある時が多くなった気がする。

 「お世話になります。ニケさん」
 「ゆ、ゆっくりしていって」

そっけなく話しながらも、どこか嬉しそうにソワソワしているニケを見てオレも自然とにやけた。にやけているとニケが何だよ? とでも言いたげにオレの方を睨んでいた。

 「風呂はそこにあるし、洗面所は我ながら綺麗だから好きなように使ってくれ」
 「ありがとうございます」
 「それか、優子さえ良けりゃ風呂一緒に入るか?」

柔らかい笑顔のまま、優子は首をゆっくりと縦に振った。

 「はい。是非」
 「おし。そうこなくちゃな! じゃあ先にオレらが風呂入っちまうか。おいニケェ! 絶対覗くなよ? フリじゃねえからな?」
 「の、覗くわけないだろ! 何言ってんだ!」

ニケをからかうと、途端に顔が真っ赤になり目はぐるぐると回っていた。そんなニケを見ていると、オレはますます愛らしく思えた。

 「じゃあ行くか。優子」
 「はい」
 「あいつ、動揺すると目がめっちゃ泳ぐんだよ。普段は落ち着いてるのにな」
 「私もそれ、思っていました。普段はあまり見ない一面ですよね」

オレの特等席であるソファに寝そべってくつろぎ始めたニケの方を見ていると、オレらが話している事なんて気づいてもいないような顔でスマホを触っている。ニケの話題を出し続けながらオレと優子は脱衣所に行き、ドアをゆっくりと閉めた。ガサツに服を脱ぎ捨てるオレに対して、優子は物音ひとつ立たせることなくオレの目の前で裸になった。果物みたいに実っている胸の膨らみと、露わになった雪のように真っ白な肌にオレは思わずドキッとした。

 「優子の裸見るの、なんだかんだで初めてだな」
 「そうですね。私も誰かと一緒に入るお風呂なんていつぶりか分からないです」

緊張しているのか優子の顔が熟れた林檎のように赤みを帯びていた。肌の白い優子だから余計にそれが目立った。もしオレが男だったら、このまま襲ってしまいそうになりそうだ。うん、女でよかった。

 「歳とると、あんまり誰かと一緒に入ったりしないもんな。オレもニケが小さい頃に一緒に入った時ぶりぐらいだ」
 「小さい頃のニケさん、とても可愛らしかったんだろうなって思います」
 「あぁ。生意気なのは昔から変わらないけど、猫みたいにたまに甘えてくる可愛いやつだったよ。まぁ今ももちろん可愛いけどな!」
 「ふふ、そうですね。小さい頃のニケさんも想像できます」

お互いにありのままの姿になりオレたちは浴室へ入った。改めて見る優子の体は、美術館に展示されているアートのように美しかった。大きな膨らみのある胸から腰へかけて狭まっていくウエストライン、そして引き締まった尻が女性の美を強調しているようだった。例えるならまるでマネキンみたいな体型だ。ニケがこんなのを見たら文字通り悩殺されてしまいそうだな。正直、オレでも危うい。襲いくる煩悩と戦いながらオレはシャワーを手に取った。

 「優子は先に浴槽で温まってくれ。へへ、狭くてごめんな」
 「とんでもないです。素敵な浴室で、とてもリラックス出来そうです」
 「優子は褒め上手だねぇ」

シャワーから出る水は、優子の体を見て興奮しているように勢いよくオレの髪を濡らす。普段よりも明らかに勢いが良い気がするのは気のせいか。

 「てかさ優子の体、めっちゃ綺麗だな。女のオレでもちょっとドキっとしちゃったよ」
 「まだまだ子どものような体型ですよ。早く師匠みたいな大人の女性の体になりたいです」
 「オレ? やめとけよ! 至る所にぜい肉があるだけだぞ? ほら、この二の腕! これで空飛べそうだろ」

オレは優子と、本当の意味で「自分」を包み隠さず話す事が出来ている。優子の素直な笑顔は右の頬に笑窪が出来るんだと初めて知った。オレたちはそれから1時間近く風呂に入った。風呂から上がったオレたちを、絵に描いたようなしかめ面でニケが見つめていた。