「起きろ、仕事の時間だ」
 
 大陸一の領土を持つオーレリア王国。
 その辺境の国境沿いにある村の地下深くに看守の声が響き渡る。
 時計など持っていないので現在の時刻が分からないが、看守が話しかけて来たということは仕事の時間なのだろう。

「もう時間か」
「そうだ、戦闘が発生した。大罪人の出番だ」

 大罪人とは国を転覆させるほどの罪を犯した人間のことだ。その身に自由などなく、国のために命を捧げて戦う道具となるしかない。
 それは地下牢獄にいる少年――ノアも同じだ。自由に使える金銭はないので、黒を基調とした支給品である旧式の王国騎士団の制服を着るしかない。

「早く出ろ! こっちに来るんだ!」
「今出るからそう急かすなよ。こっちは休んだ気がしないんだから」

 汚れが目立つ、耳にかかる長さの黒髪を触りながらノアは連れ出された。
 暗い通路を歩き、左側にある地上に出るための階段を目指す。途中、前を歩く看守が臭い場所から早く出たいと呟く声が聞こえてくるが、ノア自身そんな風には思わない。むしろある意味実家だと思っているので、臭くても安心する匂いだ。

「大罪人なのだから国に尽くせ。生かしている意味がなくなってしまうだろ」
「生かしているか――俺が魔法を扱えるから都合よく使っているだけだろう?」
「口答えするな! お前は大罪人だ! 国に貢献できるだけありがたいと思え!」

 国に貢献と言われても正直そんな気は全くない。
 戦場で戦うことも生きることもある目的を果たすためだ。その結果として貢献をしてしまっているだけに過ぎない。

「お前は今日で五年か? よく生きているものだな」
「俺は妹と会うために生きているんだ。そう簡単に死ねないさ」

 大罪人になって家族と離されて五年。当時十三歳だったはずが既に十八歳だ。
 生きるか死ぬかの世界に身を置いているので、時が過ぎるのが速い。あっという間に五年とは考えたくないが、その間に妹の身に何かがあったらと思うと怖い。
 
「大罪人は一生大罪人で家族と会えるわけがない。夢を見るのを諦めろ」
「それはすぐ戦場で死ぬからだ。俺は五年もここで生きているんだから、これからどうなるかなんて分からないだろ?」
「分かるさ。国の記録で大罪人が家族と会ったということはない。もう諦めろ」

 そんなことは当然知っている。
 長期間大罪人をしているのだから、先人達から嫌というほど情報は仕入れた。戦場での戦い方から大罪人としての過ごし方をだ。ただ、大罪人が家族と会えたという点は看守が言う通り聞いたことがない。

「それでも俺は、唯一の家族であるルナに会うために生き続けるんだ」

 そう呟きながら、カツンという音を響かせつつ階段を上っていく。
 ノアがいる牢獄は地下五階にあるため、地上での戦闘音は殆ど聞こえない。だというのに戦闘音が鮮明に聞こえてくるのは、敵国の攻撃が凄まじい証拠だろうか。

「ここはもう終わりじゃないか?」
「大罪人が多数いるんだから、そいつらが抑えてくれる。それに、この村を一度滅ぼした力を持つお前なら楽勝だろ?」
「俺は滅ぼしたくてしたわけじゃない。あのせいで両親と村の人達を殺してしまったんだ。俺の罪が重いのは重々承知しているよ」

 看守が言う通りノアは十三歳の時にこの村を滅ぼし、村人と両親を殺している。
 忘れてはいけない、戒めとして覚えていなければならない記憶だ。

「攻めて来たテネア国の兵士を倒すために使った魔法が悪かったんだ。おやっさんから聞いた範囲襲撃魔法を使って倒したかったけど、範囲制御ができなくて村人にも攻撃をしちまった。そのせいで両親は死に、妹は王国騎士に連れて行かれたんだ」
「そんなこと大多数の人間には関係ないだろ。お前は大量殺人犯で大罪人だ。ただそれだけだろ? ほら、もう地上だ。さっさと仕事をしてこい」

 そう言われ、地上に出る直前に看守から錆びている剣を手渡された。
 こんな武器じゃまともに戦えないが、武器があるだけましだ。それすら与えられずに戦っている大罪人は大勢いる。ノアは大罪人として恵まれている方だが、こんな恵まれ方は嬉しくない。

「さっさとお前の剣術と魔法で戦況を覆せ。オーレリア王国がテネア国に滅ぼされたら、お目当ての妹とも会えなくなるぞ?」
「それくらい分かっている。俺はルナと会うために生きているのだから」

 看守を殴り倒したいが、そんなことをしたら即刻死刑だ。
 舌打ちをして剣の感触を確かめながら、目の前にある鉄製の扉を押し開ける。すると、明るい光と共に目に入って来たのはテネア国によって焼かれた建物だった。

「俺が村を崩壊させたほどじゃないけど、地獄のようだな。他の大罪人や王国の騎士はどこで戦っているんだ?」
 
 背後を見ると地下牢獄を併設している看守庁舎があるが、どうやら攻撃を受けて半壊している。村の中心部にあるはずだが、ここにまで攻撃が進行しているようだ。

「結構広い村だけど、どの辺りで戦っているんだ?」
 
 この村は十三歳当時で二千人はいたはずなので、そこそこ大きな面積を持つ村だ。
 国境沿いということで訪問者は少なかったが、国境警備をする王国騎士のおかげで盛り上がっていた過去がある。

「俺も早く戦わないとテネア国に負けちゃうな。さて、どこから行くべきか」

 周囲を見渡すが既に破壊されている建物ばかりだ。
 鼻を突くような焦げた匂いや、焼け死んでいる大罪人の姿が見える。もっと早く呼び出してくれればと思うが、呼ばなかったのは進行が速かったからだろうか。

「ま、俺は今日も生き残るために戦うまでだ。ルナに会うまではまだ死ねない」

 剣を握る手に力を入れて、爆発が起きている東側に向かうことにした。