一生に一度だけ、私の心の中心を射抜かれた瞬間。
「原田結花さん、愛しています。俺と結婚してください」
これが……、これまでずっと、ずっと聞きたかった言葉だったんだ……。
この瞬間を迎えるためにここまで生きてきたと言ってもいいかもしれない。
あのとき、『それでも……、先生が好きです』と書いてしまった私。
もちろん私たちには使ってはいけない言葉だと分かりきっていた。
それでも思いを伝えたくて、でも振られてしまうのだからと諦め半分で、暗くなった病室の中でめそめそ泣きながら書いたことを思い出す。
滲んでいる視界が一度暗く遮られる。
ハンカチで私の涙を拭ってくれて、私の瞳は今度こそはっきりと状況を心に伝えてくれた。
間違えてないよね。他の人、他の意味の言葉じゃないよね。
クリスマスイブのエンパイアステートビルの屋外展望台。
コートは着ているけれど風がまた少し強くなった。また雪も降ってきそうで、屋外に出ている人はもとから少なかった。
正面の視界には、私に心の矢を放った人しかいない。
こういう大事な質問をしたとき、先生はそれ以上の事は言わない。何分でも私が話し出すのを待ってくれる。
私は白い息をふーっと軽く吐き出して、箱の中にある指輪をそっと取り出した。
「先生、これちょっとの間持っていてもらえますか?」
先生の親指と人差し指の二本で輪の外側を持ってもらった。
「原田……」
そのリングの中心にためらうこともなく、何もついていない私の左手の薬指を通して目を閉じた。
「前にもお話ししました。この指はこのときのために予約済みでしたから……」
温かい涙が頬を伝って、握った手の上に落ちる。
「これがお返事です。こんな私ですけど、よろしくお願いします。……ずっと言いたかったの私も!……好きです、愛してますって!」
これまでと同じく、身長差の関係で少し上目遣いになって、途中で泣いて止まらないように大きな声で答えると、大きな両手が背中に回されて、力いっぱいに抱き寄せられた。
「結花……」
「陽人さん……。よう……やく……言えたよ……」
泣かないって決めていたけれど、それは無理だった。
嗚咽が自然に出てきて止まらない。
ずっと前から決めていたよ。
どんな形のプロポーズでも、あなたから頂いたものは断ることはしないと決心してここまで来たんだもの。
その名前のとおり、春の陽だまりのような、ぽかぽかとした柔らかくて暖かい私だけの居場所を作ってくれたあなたに、これから一生をかけてその恩返しをしていく。
それが私のこれから先の時間を過ごす意味になるのだから。
「もう放さないぞ……結花……」
「うん……。放さないで……ください……。私……、ここにいて、いいんですね……」
「もちろんだ。ずっとここにいてほしい」
「ありがとう……ございます……」
号泣が止まらなくなった私のことを、陽人さんはしっかりと抱きしめていてくれた。
再び舞い始めた小雪の道を、陽人さんのお家に帰った。
展望台からのエレベーターで下りていくときも、車の中に入っても、私たちはあまりしゃべらなかった。でも、ずっと手をつないでいてくれた。
心はつながっていることが分かっている。それで十分だったから。
真新しいエンゲージリングをつけた私の左手を、陽人さんはずっと放そうとしなかった。