先生の出発を私が空港に見送りに行くのは最初から約束していたこと。
そこに「絶対にこれだけは言わなくちゃ!」と千佳ちゃんも加わってくれた。
「佐伯、しばらくの間、原田を頼む」
「小島先生は『教え子に手は出さない』がモットーのはずでしたよね!?」
千佳ちゃんの一言で、私たち三人とも吹き出す。
そう。これが言いたくて千佳ちゃんは一緒についてきてくれたんだって。
「その予定だったがなぁ。その代わり俺も人生をかけて責任を取ることにした。原田もずいぶん悩んだ。何度も泣かせた。でも、佐伯にあの時に言われて、原田を手放すくらいなら教師を辞めた方がいいと考え直したよ」
「うわ! 先生も言うようになりましたね。結花のこと絶対迎えに来てあげてくださいね。それまで結花を預かりますから。ちゃんと『小島結花』にしてあげてください」
「佐伯にも約束するよ。いろいろ迷惑をかけてしまったな」
次に先生は私の手を取って言ってくれた。
「原田も、これから大事な時期だ。寂しいのは俺も同じだ。頑張って乗り越えよう。クリスマスに待ってるからな」
「はい。頑張ります」
駄目だよ、黙っていても涙が浮かんで来ちゃう。
先生だって同じなのに。それどころか先に新しい場所に行くのだから、先生の方が緊張しているはず。心配させちゃいけない。
だから……、泣かないための最後の手を使っちゃう。
「ちぃちゃん、ごめんね」
不思議そうな顔をしている千佳ちゃんの前で、先生にお願いをする。
「3 ヶ月分、前借りしちゃいます」
「おいおい。結花……」
「陽人さん……」
いつものように、先生の両腕の中に収まって顔を上げて目を閉じる。唇にプレゼントを受け取ると、自然に涙が消えていた。
「元気になったか?」
「はい、行ってらっしゃい! 私もすぐに後から追いかけます!」
そう、私たちにとって半年なんていう時間は、前の年にもあっという間に経過したのだから。
その姿が見えなくなっても手を振り続けていた私に、肩をたたく千佳ちゃん。
笑いを必死に堪えている顔だ。
「めっちゃ大胆! まさか生で結花のラブシーンを見るとは思わなかった! 当時のみんな見たらびっくりすると思うよ? 小島先生の争奪戦に超大型のライバル出現ってさ? まぁ、もう遅いんだけどさ」
「先生もそう言ってくれた。私も頑張ったんだよね」
不思議だよね。今なら自分でも胸を張って言える。
あの若林さんは、私たちの関係に口を挟むことはもうなかった。それどころか「まさか」と笑う人たちには本気で怒って黙らせていると千佳ちゃんを通じて話も入ってきた。
展望デッキから飛び立つ飛行機を二人で見送ったその日から、私は再び毎日机に向かうようになった。
さすが予備校の先生だ。高認の試験対策も残り2ヶ月分として私に残していってくれた。
高校を辞めて、先生の声が聞きたくても出来なかったあの頃とは違う。
パソコンやスマートフォンのアプリでいつでも連絡できるし、週末なら時間を合わせて画面越しに顔を見て話すことも出来る。
それでも……。あの体温と感触が恋しくなって、抱いて欲しいと我がままを言いながら画面越しに泣いたこともある。
だから、クリスマスは何としても渡米したかった。
その計画をユーフォリアで話したとき、お母さんも菜都実さんもお腹を抱えて笑い出した。
「そんなに面白いですか?」
「だって、結花ちゃんはやっぱり佳織の娘だよ。うちらの血はバッチリ受け継いでいるんだなぁ」
笑いながら二人は以前聞いていたよりもっと詳しい話をしてくれた。
あの穏やかで優しい空気の茜音さん。当時は再会できるかも分からない健さんに会うために、一人で新潟県のなにもない山奥に飛び出していった。
菜都実さんは保紀さんを追いかけ、着のみ着のまま同然で沖縄の離島へ一人で飛行機で向かった。
お母さんとお父さんは2年間に渡る受験の時間を一緒に乗り越えた。試験会場まで当日お互いに行って、お父さんが試験の時はお弁当も渡した。
レベルは違っても、みんな最後は自分たちで勇気を振りしぼって自ら幸せをつかみ取っている。
「いいわよ、行ってらっしゃい!」
「行って来い! 結花ちゃん!」
だから私の申し出にも快諾してくれた。
勉強の邪魔にならない程度にお仕事をして、そのお金を旅費に積み立てた。貯まったお金で成田空港からニューヨーク行きの直行便を生まれて初めて自分の名前で予約した。
そして今朝、お母さんとお父さんは私の肩をたたいて送り出してくれた。
「正々堂々と胸を張って行っておいで。あれだけ頑張ったんだ」
「気を付けてね。ちゃんと報告しなさいよ?」
「うん。行ってきます」
嫁ぐ日に家を出るときもこんな感じなんだろうなと思う。
今回は一度帰ってくるとは分かっていてもね。
私は普段より重くなったキャリーケースを引いて千佳ちゃんと待ち合わせる駅に歩き出した。