「ドーン!」とお腹に響き渡る音とともに、一際大きな花が夜空に咲き誇る。腕時計を見ると、もうプログラムも終盤なのだろう。
菜都実さんが用意してくれた食事もあらかた終わっていた。
「なあ……、原田……」
「はい?」
片付けを始めたときにかけられた声のあと……。
長い沈黙だった。先生が見たことも無い悲しい顔をしていた。
「先生?」
どうしてそんなに辛そうな顔をしているの?
私たち、いろいろあったけれど、ここまで一歩ずつ進んでこられたのに。まだ何か大きなものがあるの?
「あのな……、来月……」
「はい……」
私の手を握る先生の手に力が入っている。
「先生、私は聞きます。どんなに辛いことでも。それが、先生のお母さまからもお願いされた私の役目なんですから」
そうだよ。私はあの時にお母さまから「息子を頼みます」と言ってもらえた。
あとで先生から、あれはまさかの展開だったと感想が伝わってきた。毎日のお夕食の件も私が先生の分はお店で作っているとの話を聞いて驚いていたとか教えてくれた。
「そうか……。突然のことで俺も慌てている。本当に急な話なんだけど、来月末にニューヨークに行くことになった」
「えっ……ニューヨーク……? アメリカのですよね?」
「そうだ……」
私の中で覚悟をしていたどのシチュエーションとも違っていて、でも即座に反応は出来なかった。
「アメリカ……ですよね。どのくらい……」
「少なくとも3年、もしかしたらそれ以上かもしれない」
「どうして、そんなことに……?」
なぜそんなことになったの? 確かに先生の勤める予備校は海外にも教室がある。なぜまだ経験の短い先生が行かなくちゃならないの?
それとも、元生徒である私と先生がお付き合いをしていることを誰かが恨んでいて、先生が異動になってしまうの?
「違うんだ。あのな……原田を教えていた経験で俺はここまでやってこられた。それが認められて、今度は海外で帰国前の子たちへの個別サポートに当たることになった。今より難しい仕事だが、引き受けることにした」
「じゃぁ、おめでたい話なんですよね……。でもそんな……どうしたらいいの? 私、どうしていいかわかんないよ!」
先生が言ったように、お仕事としては難しいことへの挑戦になる。そこに抜擢してもらえたことは、先生にとって、とてもいいことのはずなのに。
「……先生、私も連れて行ってください!」
もう、あれこれ考えていられなかった。もう反射だと思う。言葉が私の口から出ていた。でも……、
「原田は、残るんだ」
「先生! お願い、私も連れてって!」
涙が止まらない。ダメだよ、もう泣かないって頑張ってきたのに……。
「放さないって、言ってくれたじゃないですか。何かあればすぐに私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれていたじゃないですか。私じゃ不十分ですか?」
私に何が足りないの? アメリカでお仕事をするのに中卒の私じゃダメなの? 18歳になっていても先生にとっては役不足なの? 私と別れたいってことなの? やっぱり楓さんのように大学まで行っていないとダメなの?
「原田……」
「先生の嘘つき!! 大嫌い!!」
私はその場を立ち上がって、防波堤の階段を駆け降りた。
もう何も聞こえなかったし見えていなかった。必死に泣きたいのを堪えて足下だけを見つめて歩いた。
どこをどう歩いたのか分からない。
あちこち彷徨いながら、いつものお店から自宅までの2倍以上は歩いた気がする。
「お帰りなさい」
「ただ……いま……」
声をかけてくれたリビングには顔を出せなかった。
そのまま階段を駆け上って部屋に飛び込んだ。
そのままベッドに倒れ込んで、ずっと我慢していた大声を上げた。
涙もいくらでも出てきた。
せっかく見つけられた、あの温もり。
初めてのキスを渡した沖縄の星空の下。
絶対に離れないという私の誓いだったのに。
だんだん声が枯れてくる。それでも感情を吐き出すには足りなかった。
先生がいたからここまで頑張ってこられた。
「もう……、これ以上……は……無理……だよぉ……」
あの温もりが無くなってしまうなら、これから何にすがって生きていけばいいの?