そんな俺の様子に、お袋は首を振っていた。
「さっきも言ったでしょ。おまえの相手をするには、このお嬢さんはもったいないって」
「お袋……」
「これだけの洗濯物、料理もきちんとできる女性を今時探すのは大変なんだから。ね、結花さん」
突然状況が変わった。お袋は結花の手を取った。
「恥ずかしいです。お見せできるような手ではありません」
「この手は嘘をついていない。ちゃんと結花さんが家事をできるという手だから」
ユーフォリアで接客業をしているだけでなく、夏場でも水仕事で荒れてしまうという手には、マニキュアなども一切なく、爪も短く切られている。
「なにも出来ない息子ですけど、面倒をみてもらってもいいでしょうか」
今度はお袋が結花に頭を下げる番になった。
俺にとっては不思議な光景が広がる。
「本当に……、私を許していただけるんでしょうか」
「陽人の管理をお願いしますよ」
「結花、よかったな」
「はい、精いっぱいやらせていただきます」
時計がお昼を回った。
さっきの騒ぎは30分もなかったはずなのに数時間が過ぎたような疲労感を感じた。
結花が持ってきてくれたおにぎりと、作りたてのおかずで昼食となった。
「日保ちするように少し濃いめに煮付けてしまったのですが……。お口に合えばいいのですけど」
もともと保存用にと作った煮物だ。
こういう相手に一番難しい物を出すとは、あの模擬挙式の時以上に結花の度胸には驚かされる。
それだけ自信作ということなのか、それとも自滅も覚悟の心境なのか。
「……お母さまはお料理がお好き?」
お袋は小鉢に盛られた煮物をひと口食べた瞬間に結花に聞いた。
「はい。働いていますが、料理はよく作りますし、小さい頃から私も仕込まれていました」
あれだけ家事スキルの高い結花だ。
ユーフォリアで俺の分だけだとしても結花の料理を食べている。料理長の保紀さんが店の商品であるメニューの調理を彼女に任せていたことに気づかなかったくらいなのだから料理の腕も相当なもののはず。
学生時代の家庭科の調理実習では教師より上手だとの声も聞こえたこともあった。
「このお出汁は自分で?」
「はい。本当は昆布と本鰹節を使う方が柔らかい味が出せるのですけれど、日保ちと先生の味のお好みで、コクを強く出すために鰯節の粉末を混ぜてしまったので、少し硬めに味付けしてしまいました……」
「お見事……」
お袋は頷いて結花の手をもう一度握った。
「頑張りすぎないでいいから。あなたの味で構わないのよ。この若さでご自分でお出汁から味を決めていけるなんて、とてもお上手だわ。陽人、この子はすごい子よ。絶対に離しちゃダメよ?」
まったく……、さっきの騒ぎは一体何だったというのだ。
あれだけ敵対心をむき出しにして、結花を殴ったじゃないか。
打って変わってこのベタ褒めじゃ、我が親ながら単純すぎる。
「言ってるじゃないか。結花は俺が幸せにするんだって」
「そうだったわね」
そして、俺の部屋にあったフォトフレームを手に取った。
「事情を知らなければ本当に式を挙げたようね。よく似合ってる。本番はもっと素敵なものにしてちょうだい」
本当なら泊まっていく予定で話を聞いていたのに、昼飯を終わらせると安心したように帰っていった。