ドアを開けて、お袋の姿が見えたとき、驚いたと同時に正直呆れた。

「お袋……」

 話では来るのは夕方だったはずだ。だからそれまでには結花を帰す予定だったのに。

 今日ここに来る理由は見当がついていたから。

「部屋の片づけご苦労さんね」

 お袋は部屋に上がってくる。そこには結花がいるはずだ。

「あなたが陽人の新しい彼女さん?」

 お袋が結花を睨みつける。そんな顔をしては結花は何も言い返せない。

「はい。いつも先生にはお世話になっています」

 さすが学級委員まで務め、先日の模擬挙式は完全に結花の度胸の賜物だ。

 声は緊張しているが、世間的に失礼な態度にはならない。

 いや、いまはそこに感心している場合じゃない。

 俺はお袋と結花の間に入った。

「結花、あとは俺がやる。朝からありがとうな」

「陽人、せっかくなので、この方にもきちんと言っておきましょう」

「お袋!」

「はい。お伺いさせてください」

 しかし、結花は分かったというように頷いた。



 三人で、今朝から片付けた部屋に座る。結花が手伝ってくれなければ絶対に間に合わなかったはずだ。

「陽人、あなたは何をやっているんです? お見合いの話を断ったかと思えば、随分と若い子を連れ込んで。しかも学校教師という仕事まで辞めてしまったと。一体何がどうなっているのかしら?」

 俺に向けての言葉なのだが、結花が俯いてしまう。

「私の……せいです」

「結花!」

 俺が止めようと思った瞬間、お袋は結花の頬を手のひらで叩いた。

 パチーンと乾いた音が部屋に響く。

「お袋!!」

 結花は赤くなった頬を抑えて、唇を噛みしめている。

「あなたのせいで、陽人の人生は無茶苦茶になったのよ。せっかく楓さんから吹っ切れてきたというのに。こんな若い子に引っかかって。どうせ、生徒という立場で色仕掛けでもしたんでしょう? なんてはしたない!」

 その場では何も言い返さない結花。あいつは経験から分かっているんだ。頭に血が上っている状態の相手に反論したところで無駄だと。

 全部吐き出させる。お互いの言い分を聞いた上で結論を出せというのが、教育の場のいざこざでもよく使われる手だ。

「陽人のこの先をどうやって責任取ってくれるのかしら? 聞いたところでは高校も中退したとの話じゃない。陽人の相手にはとても似つかわしくない……」

「いい加減にしろ」

 俺はとうとう我慢できなくなってお袋の言葉を遮った。

「お前は黙ってなさい」

「黙ってるのはそっちだ。さっきから結花のことを言いたい放題言いやがって」

 いくらなんでも言い過ぎだ。高校中退の理由や経緯も知らないで。

「先生やめて……」

 結花が俺を押さえようとする。いつもなら言うとおりにするだろう。

 しかし今日の俺は違う。相手が自分の親だとしても、この場は結花を守らなくちゃいけない。

「結花、こういうことはきちんと言わなきゃならないんだ」

 それでも、結花の一言のおかげで俺の頭の中に一瞬の時間ができて、次の言葉が変わった。

「そりゃ、学校としては教師を辞めた。だけど、その理由は結花にはない。俺が自分で辞めたんだ。結花を卒業させられなかったのは俺の責任だから。だから結花が中卒なのも俺のせいだ!」

 本当はこんなに簡単な話じゃない。でも、いまそれを詳しく話している時間は無い。

「教師と生徒という関係は、こいつはちゃんと分かってた。お袋にも言ったとおり、結花にはその関係が切れた後に俺から交際を申し込んだ。結花には何もやましいところはない。それでも結花と別れさせるなら、俺はもう実家と縁を切る」

「先生……」

 今にも泣きそうな顔の結花。もう安心させてやらなくちゃいけない。

「お袋、俺は時期が来たらこの結花と結婚する。それは俺が自分で選んだ事だ」

「それは、この子への償いという意味?」

「違う! 俺は結花に会って、結花を知って、ずっとそばにいたいと俺から思った。そして、こいつは俺を楓との過去から解放してくれた、たった一人の女だからだ。だから他に替えることはできない。今度こそ俺は結花を幸せにする。これが楓にも報告した俺の答えだ」

 俺は一気に言い切って息をついた。