あの日の騒ぎは完全に伏せられて、連休が終わった週の水曜日。
最後の手続きだと、私と両親の三人で放課後の学校に出向いた。
校長室に全員が揃い、休学ではなく退学を申し出た。
みんな裏では分かっていたけれど、学校内でのトラブルが原因ではなく、あくまで私の体調回復のためと強調したことで、担任の先生がホッとした顔になったのを見てしまった……。
もしあの事件がなくても、遅かれ早かれ同じ手続きをしていただろうとその時に思ったよ。
「結花、置いてある荷物を持ってきなさい」
手続きの間、一人で放課後の教室に向かう。
体育のジャージはあまり着られなかったなと思いながら、ロッカーと机の中の荷物を取り出す。
もともと、置いておくと隠されたり無くなることも少なからずあったから、私物はほとんど置いていない。
まだ新学期で、それほど多くの荷物がなかったロッカーは、持ち帰る用意というより学年末の掃除に近かった。
教室の中には誰もいない。授業が終わって塾に向かった子、部活に行った子もいたと思う。
ひとりぼっちの教室。それでも今の私にはその状況の方がありがたかった。
「結花……」
「えっ……?」
小さな声の方に振り向くと、一人の同級生の女の子が教室のドアの所から中をのぞき込んでいた。
「大丈夫、中に誰もいないよ」
彼女は窓辺にいた私の隣に並んだ。
「ちぃちゃん、ごめんね……」
「ううん。あたし、何も出来なかった。せっかく高校までずっと一緒に来られたって喜んだのにね」
佐伯千佳ちゃんは小学校の6年生からずっと一緒だった。
クラスメイト、友達……、ううん、二人三脚を組んでくれた……、私の唯一の親友。
私の手術のあとの療養期間、他のクラスメイトたちが病室に来なくなっても、彼女だけは時間を見つけて顔を出してくれた数少ない存在だった。
こんな時間に教室にいて、作業をしていた私の事情はすでに分かっているみたいだった。
「結花……」
「ちょっと、骨休めしてくるよ」
「うん……。落ち着いたら連絡ちょうだい。引っ越しはしないんでしょ?」
「そうだねぇ。今のところ予定ないよ。中卒の私でよければ、受験の息抜きにでもおいでよ。頭悪くても愚痴ぐらいは聞けるから。でも、ちぃちゃんを一番に考えるんだよ」
「ごめん……なさい……。結局あたし、結花を守れなかった……」
千佳ちゃんが涙をこらえているのが分かる。
「ううん、いいんだよ。私にも休憩が必要なんだってことなんだから」
お互いに分かっている。こうやって二人でいるだけで、噂の火の粉が彼女にも降りかかってしまったことも一度や二度じゃない。
話し相手がいなくなって寂しくなるのは仕方ない。でも私の存在で彼女の人生まで棒に振ることはないのだから。
「じゃぁ、またね……」
「結花……、また会えるよね? 約束だよ?」
「もちろん。私も、落ち着いたら話せるようになると思うから」
「ねぇ、お願い結花。必ず会えるってここで約束して?」
「うん……。わかった……約束するよ」
先日したばかりの指切りを彼女とも交わし、一緒に昇降口まで来てくれた親友を見送る。
最後に下駄箱に入っていた上履きを取り出して、「原田」と書かれた名前シールを剥がすと、全ての作業が終わった。
来客用の出入口で両親が待っていてくれた。
「忘れ物はない?」
「うん、大丈夫」
「それではお世話になりました」
高校3年生になってすぐ、5月の夕方。
私の高校生活は、こんな感じでひっそりと幕を下ろしたんだよ。