よしよし、なんの追及もされないまま帰れそうだぞ。

内心ほくそ笑んで立ち上がった時だった。

ガシャンと音がして、銀でできた杯が私の手に当たってひっくり返った。

「わあ!」

こんなところに置いた記憶ないのに!

しかも中身は西の国から渡ってきたという果実酒。

赤いシミが袖口やお腹に広がった。

「ああ、これは失敬」

すまなさそうな顔で皇帝が言った。

どうやらこの果実酒は皇帝のものらしい。周囲に広がる食器が邪魔で、私のほうに寄ってしまったのか。

「着替えを用意しよう。皇太后さま、一室お借りできますか」

「ええ、よくってよ。別院を使いなさい」

「ありがとうございます」

宦官は体の一部が欠損しており、他人に裸を見られるのを嫌がる。

そういうものと知っているので、皇帝も皇太后も、ひとの行き来が少ない別院を貸してくれるのだ。

「大丈夫です。こんなの先輩のお下がりですから。今夜は本当にありがとうございました」

とはいえ、誰が来るともわからないところで着替えをするわけにはいかない。

辞退して帰ろうとすると、皇帝は私の腕を強い力で掴んだ。