ひとりになった私は、残された書道具をじっと見つめた。

両親が幼い私に残してくれた書道具には、蝶の螺鈿細工が施されている。

幼い私は書に熱中して、鮮やかな色の裳や裙をたびたび墨で汚した。重くて邪魔な装飾品が大嫌いだった。

そう、私は女性として生まれ育った。

だけど今は事情があり、男装をして宦官のフリをしている。

男性が宦官になるには、去勢手術をしなくてはならない。

万が一にも、皇帝の所有物である妃嬪を孕ませたりしては一大事。代々受け継がれる皇帝の血が汚れてしまうから。

過酷な手術をし、宦官になるものにはそれなりの理由がある。刑罰で宦官にされる者もいる。

私もまた女性ではあるが、彼らと同じくらいのっぴきならない理由があって宦官のフリをすることにした。

宦官も私も、この世の人の中ではかなり異質である。

「ああ~。書写したい~。蔵書楼に入りたいな~」

早く出世したい。皇帝に気に入られたら蔵書楼の入楼許可が下りる。

書だけが生きがいの私、蔵書楼には何代も前の王朝から残っている資料を見たい。

亀甲に刻まれた文字を指でなぞりたい。木簡にぐるぐる巻きにされたい。

「いや違う。古代文字好きだけど、今は違う」

本来の目的を忘れかけ、私は書道具の蓋を閉じた。