時間をかけて磨った墨を、筆にじゅうぶん含ませる。
独特な香りを吸い込んだ私は、目の前の板に筆を降ろした。
筆先からすっと入り、縦線はまっすぐに、曲線は滑らかに、強弱をつけて。
最後のはらいは長く伸びすぎないように気をつける。少し跳ね上がり気味に仕上げると、周りから「おお」と声が上がった。
「宇俊といったか。おぬし、年のわりにしっかりした字を書くのう。まだ十八だったよなあ?」
しわくちゃ顔の太監が、感心したように自分の顎を撫でる。
「達人と言ってもいいくらいですね。一発で決めてしまった」
私の後ろから作品を覗き込むのは、晋耕。私の面倒をよくみてくれる、先輩宦官だ。
二か月前、私は宦官となり、この後宮に仕えることとなった。
後宮の主、つまり案旻国皇帝・黄紫釉の後宮が発足したのはつい半年前のこと。
先帝の突然の崩御後、太子であった紫釉が即位したのだ。
彼の治世はまだ始まったばかりで、世の中は落ち着かずに浮足立っている。