上質の墨で書いたような、艶やかな髪。

装飾の多い甲冑を着ているので、身分の高い武人だとわかる。

まだ若いのだろう。滑らかな肌に浮かんだ黒真珠のような瞳がこちらを見つめている。

「……行け」

「えっ」

彼が呟いた。若々しい声だった。

背後を確認するように一瞬振り返り、彼は眉をつり上げてもう一度言った。

「行け。振り返って真っ直ぐ。どこまでも真っ直ぐ行け」

私は息を呑んだ。

彼は、私を逃がそうとしてくれている。

どうして彼がそうしてくれるのかはわからない。

けれど、この機会を逃したら私はみんなのように殺される。

書道具を抱きしめ、私は思い切って彼に背を向けた。

真っ直ぐ進め。

残った力を振り絞り、私は木靴で竹藪の中を駆けた。