――雪と鬼の姿はない。

「お、終わったのか・・・?」
村の男が恐る恐る、伏せていた体を起こした。
他の者もそれにならい、そろり顔を上げる。
しばしの静寂。・・・・・・やがて、何事もないのを確認すると、村人は歓喜した。
「一時はどうなるかとヒヤヒヤしたぜ!!」
「雪には悪いが、これで旦那さまの骸は諦めるだろ」
庄屋の妻はほっと胸をなでおろした。「酒飲もうぜ、酒ぇーっ」とはしゃぐ男どもへ景気良く言う。
「皆、今夜はよくやってくれた! あたしのおごりだよ!」
わあっと盛り上がる人々。皆、宴会へと頭を切り替えた。
それは先程の恐怖を忘れるための、本能的なものだったかもしれない。

――だが、忘れてはならないことが、まだ、ある・・・。

葬儀の夜は、蝋燭の火を絶やしてはならない。

雪の蝋燭の火は消えた。
だが、庄屋のオヤジの蝋燭は、まだ燃えていたのである。

宴もたけなわ。酒によった男が、女中にぶつかったはずみで燭台にぶつかった。
「おっと・・・」
燭台が倒れる。畳に投げ出された蝋燭の火は、あっけなく消えてしまった。
「ちょっと、なにやってるんだい!!」
すかさず、庄屋の妻は女中の頬を殴った。哀れ、娘はひどく尻餅をつく。
「畳が焦げちまった。・・・来月まで給金はなしだよ! 出ておいきっ!!」
いつものように怒鳴りつけた。――その時だった。

みゃおん。

野太い猫の鳴き声が、娘の口から漏れた。
「――え?」
庄屋の妻は動きを止める。ぞっと泡肌がたった。
不気味な鳴き声は、たしかに娘の喉から発せられていた。
「ばか、な・・・! 生贄はちゃんと出したはずなのに」
焦った顔を満足気に眺め、娘は――化け猫は、にやりと笑った。
その眼は、屍食鬼と同じ、『青』に輝いていた。

女の絶叫がほとばしる。それはやがて、大勢を巻き込んだ。

障子に、大輪の血の花びらが散った。