屍食鬼は、ゆっくり顔を離す。うすい唇はほほ笑んでいるように見えた。
驚いているのは雪だけではなかった。いつの間にか取り残された村人たちは、ぽかんと口を開け、目の前で繰り広げられる甘い口づけに見とれていた。
鬼は、気に留めた様子はない。ひたすらに両腕に抱いた宝物へと目を向けている。
「・・・雪を連れて行く」
雪から目を離さず、鬼は唸るように村人たちへ告げた。
真っ先に声を上げたのは、庄屋の妻だった。
「ど、どうぞ、どうぞっ!! そのために選んだ娘ですから、煮るなり焼くなり好きになさってください。――お前たちっ。グズグズするんじゃない。はやくうちの旦那を棺桶に入れて、蓋をしなっ! 鬼様の気が変わる前にっ!」
・・・・・・ぜんぶ丸聞こえなのだけれど。
雪はぼんやりとそう思った。あの女が言う通り、これから鬼に好きなように喰われる身ゆえ、ほんとうは村の行く末など毛ほども興味はないが。耳に入ってしまったものは仕方がない。
鬼はなにか言いたげにしていたが、ふっと笑った。
「――生者(せいじゃ)も屍(かばね)も猫(ねこ)も。血の宴が好きでこまる」
どういう意味だろう。雪は無気力に瞬いたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
突如、男を中心に突風が吹いた。
風はごうごうと音を立て、壁と天井を破壊すると、ひゅるり、あっけなく消えた。