はっとして女は雪の横たわる部屋へ視線を向ける。布団で寝ているはずの雪がいない。
いつの間にか濃い霧のようなものが立ち込める室内は、この世ならざるものの訪れをひしひしと伝える。
女は視線をさまよわせ、ついに見知らぬ男の背中を見つけた。
思わず、息を呑む。
――青い夜の闇。そこにぼうっと浮かび上がる男は、『鬼』というより『亡霊』じみていた。
年の頃は二十歳くらいか。紐で束ねた長い髪は、毛先に行くに従って灰色がかっている。華奢な体つきで、首筋といい骨が浮き出そうなほど痩せていた。
ぞっとするほど美しい『青い瞳』は、ひたとこちらをにらみつけている。
「これで、ようやく開放されるのですね」
か細い声が聞こえた。雪だ。
屍食鬼は視線を腕の中の雪へ向けた。・・・静かに目を見開く。
雪は、ほわり、はにかんでいた。
痛ましい涙の跡が残る頬。痩せこけた体は猫ほど軽い。
はやく、はやくと雪は急き立てる。
「はやく、わたしを食べて。楽にして」
「――」
「この濁世(だくせ)に、もういたくない・・・。生きる理由が見つからない。生きながらえればながらえるほど、ひどい目にばかりあう」
鬼に喰われた魂は、輪廻転生できないと聞く。だがそれも悪くない。
じっとこちらを見つめる、青い、青い瞳を持つ妖かし。彼の一部になるのも、悪くないかもと思ってしまったのだ。
ぽろぽろとこぼれる涙。素直に泣けたのはいつぶりだろう。
「この世(ここ)は怖くてたまらないの。――・・・っ!?」
次に続く言葉を、雪は紡げなかった。
唇を塞ぐやわらかい感触。ふれあう肌は、悲しい温度をしていた。
――・・・冷たい。
口づけられたのだと気づいた瞬間、雪はのんきにそう思った。
いつの間にか濃い霧のようなものが立ち込める室内は、この世ならざるものの訪れをひしひしと伝える。
女は視線をさまよわせ、ついに見知らぬ男の背中を見つけた。
思わず、息を呑む。
――青い夜の闇。そこにぼうっと浮かび上がる男は、『鬼』というより『亡霊』じみていた。
年の頃は二十歳くらいか。紐で束ねた長い髪は、毛先に行くに従って灰色がかっている。華奢な体つきで、首筋といい骨が浮き出そうなほど痩せていた。
ぞっとするほど美しい『青い瞳』は、ひたとこちらをにらみつけている。
「これで、ようやく開放されるのですね」
か細い声が聞こえた。雪だ。
屍食鬼は視線を腕の中の雪へ向けた。・・・静かに目を見開く。
雪は、ほわり、はにかんでいた。
痛ましい涙の跡が残る頬。痩せこけた体は猫ほど軽い。
はやく、はやくと雪は急き立てる。
「はやく、わたしを食べて。楽にして」
「――」
「この濁世(だくせ)に、もういたくない・・・。生きる理由が見つからない。生きながらえればながらえるほど、ひどい目にばかりあう」
鬼に喰われた魂は、輪廻転生できないと聞く。だがそれも悪くない。
じっとこちらを見つめる、青い、青い瞳を持つ妖かし。彼の一部になるのも、悪くないかもと思ってしまったのだ。
ぽろぽろとこぼれる涙。素直に泣けたのはいつぶりだろう。
「この世(ここ)は怖くてたまらないの。――・・・っ!?」
次に続く言葉を、雪は紡げなかった。
唇を塞ぐやわらかい感触。ふれあう肌は、悲しい温度をしていた。
――・・・冷たい。
口づけられたのだと気づいた瞬間、雪はのんきにそう思った。