話し声で、目が覚めた。
細い燭台の灯りがゆらめく。
どれほど時間が立ったのだろう。雪はうつろな瞳であたりを見渡す。部屋に一本だけの蝋燭がだいぶ溶けている。それなりに眠っていたようだ。
雪は起き上がるどころか、手を動かすのさえ難しくなっていた。いきなり重病人を風呂に入れれば、体調が悪くなるのは承知のはずだろうに。あの女は容赦ない。
いつもなら、人の話し声など聞き流すところだが、不穏な気配を肌で感じた雪は、耳をそばだてた。
「・・・・・・だいじょうぶ、バレねえよ」
男の声。それも、複数いる。
「あんなに美人とは知らなかったぜ」
「もうじき死ぬんだ。口外する前に鬼に喰われるよ」
――暴漢っ!?
雪はぞっと泡肌がたった。死ぬのは承知したが、これは話が違う。
しかし、もう逃げられない。体はどれだけ叱咤しても鉛のように布団に埋もれている。声を上げようにも、子猫のようなか細い悲鳴しかあげられなかった。
・・・・・・なんということだ。
(死ぬことを選んだばかりに、死ぬよりひどい目にあうなんて)
うまい話には裏があるという。鬼に喰われるのがうまい話とは思わないが、簡単に危ない話に乗るべきではなかったのだ。
(――鬼さま。はやく来てください)
雪は、無意識のうちに強く願っていた。
はやく来て。
はやく、わたしを食べて。
(わたしを、この苦痛の『生』から救い出して!!)
襖をそろりと開ける気配がする。はやく、はやくと雪は願い続ける。怖さのあまり、ぎゅっと目をつぶった。
村の男達の無数の汚れた手が、雪の布団を剥がそうと伸びてくる。
蝋燭の火が、フッと消えた。
刹那、暴風が巻き起こった。
閉ざされていた障子は粉微塵に吹き飛ばされる。
――!?
その場に立っていた男どもはあっけなく吹き飛ばされる。雪は地に身を伏せていたから、難を逃れた。風は隣の庄屋のオヤジが横たわる座敷の襖を襲う。
男たちは勢い余って襖を突き破り、死体のそばまで転がり込んだ。
「なにごとだいっ!?」
坊主の教は中断され、庄屋の妻はいきり立った。
「おまえたちっ!! いったいどういう了見で生贄の部屋にいたんだいっ。さては屍食鬼を怒らせたね!?」
「ち、違いまさぁ。お雪が生きてるか確認しようとしただけで・・・!」
言い逃れる男の頬を、庄屋の妻は平手で殴った。
「言い訳は後で聞く! それより今は――・・・!!」