龍胆は雪に「茶を持ってくる」と言って中座した。
でもそれは口実。
本当は逃げ出したかったのだ。
「りんどうさん?」
たった今裏口から入ってきた菫の横をすり抜け、龍胆は――屍食鬼は裏庭へ向かう。
誰も追ってこないのを確認すると、桜の老木まで歩いていった。
ふわり、雪が舞う。
・・・まだ春は遠い。
「俺の桜は咲かないな」
そう、ひとりごちた。
雪を長く妖かしの側にとどめおけば、それだけ人里に戻れなくなる。
わかっていたつもりなのに。


――俺が鬼じゃなかったら。雪の側にいつまでもいられたのだろうか?


そんな問いが浮かぶ。
だが龍胆は自嘲とともにそれを打ち消した。

「俺は人間だったころから、その資格はなかった。――血の匂いがする道を歩んできた、地獄行き確定の俺には」

雪と出会えたのは、きっと。

御仏の救済なのだから。