龍胆はそっと雪を布団に横たえる。無理をさせて、体にさわったら本末転倒だ。
健やかな寝顔。・・・ほっと、安心した。
(血色が良くなってきている。・・・仏花のユリが効いてきたか)
爪の色や頬。唇の色が戻りつつある。
「だが、目的はこれからだ」
龍胆は息を吐くと、銀の懐中時計を取り出した。秒針はかすかな音を立て、着実に時を刻む。
目を閉じた。
部屋をしん、と痛いほどの静寂が包む。
(・・・頃合いだな)
ゆっくり、ゆっくりとまぶたを開く。
ぞっとするほど青い、鬼の眼をしていた。
彼は黒い手袋にするり五指を通す。そのまま、右手を雪の肺にかざした。
「出てこい。――お前たちの欲するものは消えた。食事がしたいのだろう? 俺がいくらでも与えてやるぞ!!」
刹那、ボワッっと雪の体から無数の青い光の粒が飛び出してきた。
蛍火に似ているが、一回り大きい。縦横無尽に部屋中を飛び回っている。
そのうちの一粒が、龍胆のそばに落ちてきた。
「――」
龍胆は、忌まわしいものを見るように、すっと表情を消す。
視線の先の光は、手のひらほどの小さい『人間』だった。
頭は禿げ、目玉はぎょろりとしている。
剥き出した前歯。
体は枯れ枝のように痩せている。
飢餓特有の症状か。腹だけがでっぷりと飛び出していた。
餓鬼の群れだ。
それらは畳の上を覆うほどの数だった。雪の体から水が吹き出すように次から次へと湧いてくる。
龍胆は想像以上の光景に虫唾が走った。
(あの男・・・!! 幼い雪になんてものを喰わせたんだ!!)
あどけない唇に、『飴玉だよ』といって青いそれをねじ込んだ男。
あの男は当然、すべてを知っていた。
餓鬼に取り憑かれた人間は、記憶がおぼろげになり、栄養もすべて奪い取られる。衰弱し、常に飢え、共食いさえ構わず、なんでも食べようとするのだ。
雪が十九歳まで生き延びたのは奇跡だろう。
(大方、美しさを損なわぬよう、加減してのことだろうが・・・)
龍胆の青い瞳には、凄まじい殺気がみなぎっていた。
手始めに、雪のそばにいた餓鬼の頭を鷲掴み、宙吊りにする。
「一匹残らず、潰してやる・・・!!」

餓鬼の頭が弾けた。