なんとも不気味な屋敷だ。
菫は道の真ん中を歩く度胸もなく、壁際をそろり歩く。前を歩く男の背を、恐る恐る警戒しながら見上げた。
男は菫のちょうちんの火は消さず、そのまま灯りに使っていた。彼から一歩離れれば屋敷に立ち込めた闇や、濃い霧のようなものに飲み込まれる気がして、菫はつかず離れず歩く。
「あのっ・・・。鬼さん」
「りんどう」
「はい?」
菫が首を傾げると、男は立ち止まり、かがんでこちらと視線を合わせた。
「――龍胆(りんどう)。俺の名だ」
「りんどう、さん・・・。きれいなお名前です」
「かつて人だった頃のなごりかな。『鬼』ではなく、名前で呼ばれたくてね」
「・・・しつれいしました」
男――龍胆は再び歩き始めた。ちょうちんの灯りに照らされた横顔はどこか悲しげで、菫はなぜか胸がきゅっと痛んだ。
屋敷の中は殺風景すぎた。
もっと死体やら人骨やら転がっていそうだったのに、この屋敷は死体どころか血の匂いすらしない。
延々と、物が一つもない座敷が廊下の両脇に続く。
(おひとりで、こんな広い屋敷に住んでいるの?)
菫は首を傾げた。
やがて、二人は急な階段にたどり着いた。
「二階で、雪は寝ている。・・・君が来てくれて、正直助かったよ。着替えさせてやりたかったんだ。枕元に置いているから、頼めるかい?」
「え。りんどうさんは?」
「俺は雪と君の夕食を作るよ。あとで配膳を手伝ってくれたまえ」
言うなり、龍胆はさっさと行ってしまった。ちょうちんは残してくれていたが、背の低い菫ではちょうちんを持ったまま急な階段を登るのは無理だ。
「うぅ」
仕方なく、ちょうちんから蝋燭だけを取り出した。廊下は月明かりが差し込み、青い闇色をしていたが、階段は真っ暗だ。
墨汁のような濃い闇が広がっている。
菫はきょろきょろと周囲を確認し、誰も居ないことを確かめると、両手を使って、よいしょと急な階段を登り始めた。
じっくりと両手が汗ばむ。震える素足を叱咤して、少年は大人でさえ身がすくむ階段に立ち向かう。
・・・・・・やがて、菫は階段のてっぺんまでたどり着いた。
二階の様子を、首を伸ばして探る。
「ゆきお姉ちゃ・・・、ああっ!! いたっ!」
菫は慌てて駆け寄った。
菫は道の真ん中を歩く度胸もなく、壁際をそろり歩く。前を歩く男の背を、恐る恐る警戒しながら見上げた。
男は菫のちょうちんの火は消さず、そのまま灯りに使っていた。彼から一歩離れれば屋敷に立ち込めた闇や、濃い霧のようなものに飲み込まれる気がして、菫はつかず離れず歩く。
「あのっ・・・。鬼さん」
「りんどう」
「はい?」
菫が首を傾げると、男は立ち止まり、かがんでこちらと視線を合わせた。
「――龍胆(りんどう)。俺の名だ」
「りんどう、さん・・・。きれいなお名前です」
「かつて人だった頃のなごりかな。『鬼』ではなく、名前で呼ばれたくてね」
「・・・しつれいしました」
男――龍胆は再び歩き始めた。ちょうちんの灯りに照らされた横顔はどこか悲しげで、菫はなぜか胸がきゅっと痛んだ。
屋敷の中は殺風景すぎた。
もっと死体やら人骨やら転がっていそうだったのに、この屋敷は死体どころか血の匂いすらしない。
延々と、物が一つもない座敷が廊下の両脇に続く。
(おひとりで、こんな広い屋敷に住んでいるの?)
菫は首を傾げた。
やがて、二人は急な階段にたどり着いた。
「二階で、雪は寝ている。・・・君が来てくれて、正直助かったよ。着替えさせてやりたかったんだ。枕元に置いているから、頼めるかい?」
「え。りんどうさんは?」
「俺は雪と君の夕食を作るよ。あとで配膳を手伝ってくれたまえ」
言うなり、龍胆はさっさと行ってしまった。ちょうちんは残してくれていたが、背の低い菫ではちょうちんを持ったまま急な階段を登るのは無理だ。
「うぅ」
仕方なく、ちょうちんから蝋燭だけを取り出した。廊下は月明かりが差し込み、青い闇色をしていたが、階段は真っ暗だ。
墨汁のような濃い闇が広がっている。
菫はきょろきょろと周囲を確認し、誰も居ないことを確かめると、両手を使って、よいしょと急な階段を登り始めた。
じっくりと両手が汗ばむ。震える素足を叱咤して、少年は大人でさえ身がすくむ階段に立ち向かう。
・・・・・・やがて、菫は階段のてっぺんまでたどり着いた。
二階の様子を、首を伸ばして探る。
「ゆきお姉ちゃ・・・、ああっ!! いたっ!」
菫は慌てて駆け寄った。


