震える手で、こんこんと戸を叩く。
・・・・・・意外にも、相手はすんなり反応した。
かたん。
閂を外す音。
出てきたのは『鬼』というより『幽霊』のような男だった。
すっと通った鼻筋、桜色の薄い唇。
長い前髪の隙間からこちらを見下ろす瞳は、青々と光を放ち、豊かな白まつげは瞬くたび、白い蝶が舞うような気さえする。毛先にかけて灰色がかった長い白髪を耳の下で束ね、紺の着流しをゆるく着ていた。
菫は男の美貌に夢見心地になりながら、賢明にここへ来た目的を思い出した。
「あの、ゆきお姉ちゃんは、ここにいます、か・・・?」
「いる。でも、今は出られない」
「生きて、いますよね・・・?」
「殺していないよ」
――・・・しずかにしゃべるひとだなぁ。
菫はすこし警戒心がとけた。もっと筋肉隆々の、ごつい鬼を想像していたが、彼は真逆だ。
骨が浮き出るほど痩せている。覇気がなく、喧嘩すればそのへんの人間の男にあっさり負けてしまいそうだ。儚げな優男というところか。
「お、お見舞いはできますか・・・?」
菫にしては、踏み込んだ質問をした。
「・・・そうだね」
男は膝を折ると、ふわふわの頭を優しくなでた。
「君は、少々『訳あり』な子のようだね」
「えっ・・・?」
菫はぎょっとする。思わず三歩あとずさりした。
男はしばし、その様子を見つめていたが、やがて立ち上がった。
「お行儀よくしているなら、入ってもいいよ」
――この敷居を一歩でもまたぐと、二度と現世へは戻れないかもしれない。
「でも君には、関係ないかな」
彼の背後には、真っ暗な廊下が続いている。この先に待ち受けるものは、いったいなんだろう。
(ゆきお姉ちゃんは、ぼくが護ってあげなきゃ・・・!)
誘われ、菫はごくりとつばを飲み下す。
うなずいた。
ちょうちんを男に預ける。
ゆっくり、片足を上げ。
――菫は『屍食鬼の館』の敷居をまたいだ。
・・・・・・意外にも、相手はすんなり反応した。
かたん。
閂を外す音。
出てきたのは『鬼』というより『幽霊』のような男だった。
すっと通った鼻筋、桜色の薄い唇。
長い前髪の隙間からこちらを見下ろす瞳は、青々と光を放ち、豊かな白まつげは瞬くたび、白い蝶が舞うような気さえする。毛先にかけて灰色がかった長い白髪を耳の下で束ね、紺の着流しをゆるく着ていた。
菫は男の美貌に夢見心地になりながら、賢明にここへ来た目的を思い出した。
「あの、ゆきお姉ちゃんは、ここにいます、か・・・?」
「いる。でも、今は出られない」
「生きて、いますよね・・・?」
「殺していないよ」
――・・・しずかにしゃべるひとだなぁ。
菫はすこし警戒心がとけた。もっと筋肉隆々の、ごつい鬼を想像していたが、彼は真逆だ。
骨が浮き出るほど痩せている。覇気がなく、喧嘩すればそのへんの人間の男にあっさり負けてしまいそうだ。儚げな優男というところか。
「お、お見舞いはできますか・・・?」
菫にしては、踏み込んだ質問をした。
「・・・そうだね」
男は膝を折ると、ふわふわの頭を優しくなでた。
「君は、少々『訳あり』な子のようだね」
「えっ・・・?」
菫はぎょっとする。思わず三歩あとずさりした。
男はしばし、その様子を見つめていたが、やがて立ち上がった。
「お行儀よくしているなら、入ってもいいよ」
――この敷居を一歩でもまたぐと、二度と現世へは戻れないかもしれない。
「でも君には、関係ないかな」
彼の背後には、真っ暗な廊下が続いている。この先に待ち受けるものは、いったいなんだろう。
(ゆきお姉ちゃんは、ぼくが護ってあげなきゃ・・・!)
誘われ、菫はごくりとつばを飲み下す。
うなずいた。
ちょうちんを男に預ける。
ゆっくり、片足を上げ。
――菫は『屍食鬼の館』の敷居をまたいだ。


