わたしの愛車はピンクのビーノ。まるっこいフォルムをした原付だ。身長百五十センチのちっちゃい女子大生が原付で走る姿は、少しばかり目立つらしい。帰路の途中、幼稚園生がいっぱい乗ったスポーツクラブのバスの後ろで信号待ちをしていた時のこと。バスの最後尾に座っていた女の子たち二人から、じーっと熱い視線を注がれたと思ったら、猛烈に手を振られた。わたしもつられて手を振り返す。かわいいな、と思った。そんな小さな幸せを噛みしめる。今日もいい日だ。
 家に帰れば、誰もいないワンルームと、洗濯機の中で山積みになった洋服が出迎える。親元を離れて二年目にもなれば、ひとり暮らしにも慣れっこだ。いつものようにお気に入りの洗剤を入れて洗濯機を回し、静かな部屋にぱっと灯りをともした。それから、一丁前にレモン柄のエプロンに身を包み、シルバニアファミリーみたいに小さくてかわいいキッチンの前に立つ。今日の晩ごはんはポトフだ。
 ざくざくとにんじんやキャベツを切りながら、わたしはおもむろに音楽をかけた。洋楽好きなわたしのお気に入りリストから選ばれた曲は、”Shower‟。日本ではあまり有名な曲ではない。洋楽好きと謳う人でも、一人知っていればいいくらいの歌手、ベッキーGという人が歌っている曲だ。高校生の頃、ものすごくハマっていた曲だったなつかしさで、思わず鼻歌がこぼれる。
 ところで、ここまでで全然わたしの「恋愛の黒歴史」について語らないじゃないかと思ったでしょ?あと八行くらい書いたら語りますから。だから、もうちょっとだけわたしに付き合っていただけるとありがたいです。
その前に”Shower”という曲について少し説明を。”Shower”―――寝ても覚めても頭は好きな人のことでいっぱいで、その人が近くにいるだけで勝手に笑顔になってしまう。好きな人のことを考えてしまうせいで、鏡の前でダンスしちゃうし、シャワーの最中に思わず歌ってしまう……。恋する女の子みんなの気持ちを代弁するかのような言葉のひとつひとつに、その曲を初めて聴いた時のわたしは心打たれた。
 知っている。わたしはその気持ちを知っていると思った。
 懐かしい音楽に、埃をかぶっていた高校生の頃の思い出がよみがえる。あぁ、あれはたしか高校三年生の頃だっけ。

 春。受験がいよいよすぐそこに感じるようになってきた頃、わたしは一目惚れをした。受験生なのに、恋に「落ちる」だなんて、縁起が悪すぎた。それなのに、気づいた時にはもう後戻りできなくなっていた。
 一目惚れの相手は、高三で初めてクラスが同じになるまで一度も絡みのなかった男子だった。ひょろっとした体つき、まっしろな肌、控えめで頭のよさそうな雰囲気。顔がある角度から見ると、社会学者でコメンテーターの古市憲寿さんに似ているので、ここでは便宜上「古市くん」と呼ぶことにする。
 古市くんと初めて話したのは、たしか古市くんが先生に頼まれて、提出済みの宿題プリントを一人一人に配っていた時だ。
「大津さん、これ」「あ、ありがとう……っ」
 たったこれだけの会話を、「初めて話した」と表現するにはあまりにも貧弱なエピソードだと思う。だが、その時のわたしはものすごく感動していた。古市くんはめったに他人と関わっているところを見たことがないし、周りの人に興味がある様子もない。まして、二年間クラスが違ったわたしの名前など、絶対に知らないだろうと思っていた。それなのに、こんなモブキャラみたいな存在のわたしを「大津さん」として認識し、しかも顔まできちんと覚えていてくれたのだ。それだけで、あっけなく恋に落ちた。今では考えられないくらい、わたしはちょろかった。
 そんな薄っぺらい滑り出しで始まった恋だが、開始三日目にしてその心はばらばらに打ち砕かれることになる。

「古市って、彼女いるんだよ」

 偶然耳にした衝撃の事実に、かまえの姿勢を取っていなかったわたしは、思わず大きな声で「えっ!」と口にしていた。
「そうなんだよ。だからね、そんなに人嫌いとかでもないんだよ」
 そう教えてくれたのは、三日間古市くんを観察しまくった結果、古市くんと一番仲がよさそうと判断し捕まえた、同じクラスのAくんだった。古市くんのふだんの様子を探るために、その古市友人と何気ない会話を装い、「古市くんって、あんまり他人と関わりたくなさそうに見えるんだけど、実際どうなの?」と聞いたところ、そんな返事が返ってきたのだ。
 それでもどうしても諦めきれず、クラスLINEのメンバー一覧から古市くんのLINEアカウントを開いたら、アカウントの背景画に繋がれた手の写真が設定されていた。「古市くんに彼女がいる」という現実が、わたしの中で初めて確固たるものになった瞬間だった。海岸らしき場所をバックに、ピンクのニットの袖から伸びた手が、白シャツをまとった手にしっかりと結びついている写真。そっとLINEを閉じ、その日の夜は泣きながら眠りについた。史上最も短い恋だなと思った。わたしはわりと現実主義で、好きな相手から自分への好意がないとわかると、すぐ次の相手を探すようなタイプだ。だから、この恋もあまり引きずることなく、明日くらいにはけろっと違う人のことを好きになっているんだろうな、くらいの冷静な涙で夜を明かした。

 けれど、わたしの読みはまったくの大外れだった。

 次の日、寝ぐせの残る古市くんのふんわりとしたくせっ毛にかわいさを覚えた。そのまた次の日、ななめ前の席に座る古市くんの背中が大きいことに、不覚にもきゅんとしてしまった。一週間経っても、好きという気持ちは変わらないどころか、ますます強くなっていることに気がついた。古市くんの彼女さんでさえ愛しくなってきて、「一生ラブラブであってくれぇえぇ」と祈るまでになっていた。古市くんの好きなものはまるごと愛する。そんな壮大な推し活ポリシーのもと、古市くんを目で追いかけては悶絶する日々を送った。楽しかった。
 ただ、古市くんとは梅雨の頃までろくにしゃべることもできずにいた。話せる口実がなかったから。掃除場所は違うし、行き帰りに乗る電車の方向は正反対、わたしは生物・日本史選択で古市くんは物理・地理選択。共通点は皆無に等しかった。
 それでも、わたしの推し活は充実していた。
 朝、八時二十九分。古市くんは始業ぎりぎりで教室に滑り込む。古市くんは寝ぐせが毎朝ひどくて、いつもいぬみたいに髪をもふもふさせながら登校してくる。早くショートホームルーム(授業を始める前の連絡事項の時間)を始めたい担任は、教卓の前ですでに待ち構えていて、「遅いぞ、古市」の二言目には毎回必ず、「髪どうした?」と枕詞のように聞く。風紀委員会の服装チェックが入った次の日には、「髪どうした?」が「今日はベルトちゃんと付けてきたんだろうな?」という質問にすり替わっていることもある。すると、古市くんは自分の腰あたりを探って、はっとしたような顔をする。これもお決まりだ。
「まさか、古市、今日も……っ」
「すみません、でもごはんの時までは付いてたんです……」
 いったい、ごはんの後何があったんだ。クラス全員が笑う中、古市くんは「どうして……」と自分にベルトが巻かれていないことを疑うかのように、腰あたりを見つめていた。物静かなのでまじめに見えるかもしれないけれど、古市くんはそういう抜けているところが多い。寝ぐせを直す間もないくらい朝が弱いところ。いぬみたいにふわふわくせっ毛なところ。毎回、ベルトをつけ忘れるところ。朝から全部が愛しすぎて、そのおかげで受験生の重い朝でも、わたしにとっては喜びと光でいつも彩られていた。
 授業中は、古市くんの席がわたしのななめ前にあるため、いつでも古市くんを観察することができた。青春ドラマでは、好きな人が目の前の席、もしくは隣であるパターンがほとんどだと思うが、熱弁させてほしい。好きな人を観察するにおいてのベスポジ(ベストポジション)は、実は好きな人のななめ後ろの席なのだ。なぜなら、好きな人の真後ろであれば絶対に観察できない横顔を、しっかりばっちり、しかも相手からは気づかれない位置で拝み倒すことができる。さらに、隣の席では観察不可能な背中。ななめ後ろの席では、しっかりした背骨が山脈のように波打っているところまで、ありありと目に焼き付けることができる。わたしは、古市くんの意外にも大きな背中に飛びつきたい衝動に駆られながら、いつも授業そっちのけで観察に勤しんだ。どの授業中も古市くんはけだるげで、黒板には目もくれず目の前のノートに顔を落としていた。休み時間も黙々とひとり参考書を眺めている古市くんを見習って、わたしもひっそり古市くんのななめ後ろで古文単語帳を繰った。
 昼ごはん時は、売店で買ったハムカツサンドを食べながら、古市くんのランチタイムを盗み見るのが趣味だった。お弁当勢の古市くんはいつも黄色いお弁当箱を持ち寄っては、Aくんの机に小さく集まっていた。そんなほのぼのした日常を垣間見ているだけで、わたしは幸せだった。たとえこの先、直接古市くんと関われることがなくても、それでいいや。そう、思っていた。

 そんなすれ違いの世界がガラッと変わったのは、忘れもしない六月二十日。世に言う、「英語得意でよかった記念日」である。(わたしが名付けた。)

 記念日の名前にも組み込まれている通り、わたしは英語が得意だ。洋楽を聴くのも歌うのも好きなため、発音にはものすごく自信があるし、読書が趣味だったせいか英語長文の読解も人並み以上にできる。高一・二で二週間のヨーロッパ留学と五週間中米でのボランティアを経験しているため、リスニングやスピーキングだってどんと来いだ。自他ともに認めるこのすさまじい英語能力が、偶然にもわたしと古市くんを結びつける糸になったのだ。

「大津さん、ちょっといいですか?」

 何の変哲もないお昼休み。大好きな古市くんの近くを通り過ぎようとしたら、突然呼び止められた時のわたしの心情を、二十字以内で表せ。
「えと、はい!あの、えっ、わたしでよければ」
 いったい何の用で呼ばれたかもわからず、わたしはものすごく慌てていた。今思えばものすごく挙動不審な返事だったことだろう。そんなわたしがおかしかったのか、古市くんはうっすらと口角を上げてほほえんでいた。ふ、古市くんが笑ってるぅっ!わたしに見せてくれた初めての笑顔に、ものすごく舞い上がった。そんな、一撃でわたしを幸福にしてしまう笑顔を保ったまま、古市くんが見せてくれたのは英作文の問題集だった。
「友達が英作文の添削を頼まれたんだけど、僕は英語が苦手で……」
「そうなんだよ、おれの頼った先が間違いだった」
 そう冗談めかしく笑ったのは、前出の古市友人ことAくんだ。古市くんはAくんをこづき、Aくんは「なんだよー」とじゃれつく。古市くんも寡黙ではあれ、ふつうの男子と同じようにじゃれ合うんだ。また一つ、古市くんの知らない一面を知っていく。嬉しい。そんな気持ちで古市くんたちをほくほくと眺めていたら、急に古市くんとAくんが向き直ったので、わたしも反動でしゅっと姿勢を正した。古市くんが口を開く。
「……添削を、大津さんにお願いしてもいいでしょうか?」
 一瞬、わたしは固まった。
「もっ、もしかしたら、わたしも添削うまくできないかもだけど、それでもいい?」
 大好きな古市くんの頼み。うまくいけば、古市くんともっとしゃべれるチャンスができるかもしれない。けれど事は単純ではなかった。わたしは正直、その頼みごとを受けるのを渋っていた。
 たしかに、英語は得意だ。英検もTOEFLもGTECも。名だたる外部の英語能力テストでは、毎回いい成績を取ってきたし、学内の試験において英語でわたしの右に出た者はいない。……とここまで読み進めてきて、「この大津って人、めちゃめちゃ自分の英語能力を自慢してきて草」と思った人もいるかもしれない。クラスメイトたちにもきっとそう思われていたことだろう。当時のわたしは、そう思われることがめちゃくちゃにいやで、一時期英語が得意な自分が嫌いだった。

 脳内をよぎるのは、中学校の頃の苦々しい思い出だ。
 英語の発音に寄せることが恥ずかしいという風潮があった、中学校時代。わたしが授業中に教科書の音読をさせられると、クラスがいつもざわついた。
 英語の先生がわたしの模試の点数を大っぴらに公開し、贈られた拍手には冷ややかなものも混じっていた。「成績が優秀」その五文字だけで、クラスから爪弾きにされた。わたしが言ったわけでもない成績優秀エピソードが一人歩きして、「あいつ、頭いいからってなんか偉そう」と勝手にうわさされる。
 その後日、使命感に駆られた様子で、クラスメイトの女子一人がわたしの元にやって来た。
「何とかちゃんたちのグループがね、放課後大津ちゃんの悪口を言ってたよ!」
―――「大津ちゃんって、模試の英語で百点取ったらしいよ」「やば、きもぉ」。
 その日から、クラスメイトの誰も信用できなくなった。陰でわたしを笑う人たちも、教えなくてもいい嫌な話を正義ぶって報告しに来る人たちも、先生も、みんなみんな。
 わたしを裏切らないのは、努力した分伴ってくる成績だけだった。だからこそ、誰かに英語を教える時は怖かった。自分の努力の仕方が間違っていても、テストで失敗するのは自分だけだ。だが、他人にもし間違いを教えてしまったら、その被害は自分だけでは収まらなくなる。「大津さんに間違いを教えられたせいで」と思われるかもしれない。古市くんに万が一そんな風に思われてしまったら、合わせる顔なんてもうない。……大好きな古市くんでさえ、わたしは信じることができていなかった。

「もっ、もしかしたら、わたしも添削うまくできないかもだけど、それでもいい?」

 それなのに、古市くんはこともなげに言うのだ。
「いやぁ、大津さんに英語で敵う人なんて誰もいないから」
 はにかんだような表情で、目線はかち合わない。それがわたしのことを本当に褒めている証拠のように思えて、わたしは思わずもう一度古市くんに惚れた。
 わたしが出会った中で一番他人に媚びない人が、わたしの一番欲しい言葉をくれたのだ。わたしなら、できる。古市くんの役に立てるのかもしれない。
「わかりました!やります!」
 気がついたら、そう口にしていた。
「よかった、ありがとう」
 古市くんが頬を緩める。初めてしゃべってみて気づいたけれど、古市くんのしゃべり方は鹿児島弁なまりがものすごく強くて、それでいてとっても優しい声色だった。またひとつ、古市くんの好きなところが見つかった。

 英語という格好の古市チャンス(古市くんとしゃべれるチャンスのことを、当時のわたしはそう呼んでいた)に味を占めたわたしは、それからというもの、さらに英語の勉強に力を入れた。偏差値五十一の高校では群を抜きすぎて、もはや気持ち悪いの域に到達していた。古市くんの力、恐るべし。だが、当の古市くんはといえば、毎回英語の授業で一人一回英文を音読させられるのだが、そのたびに地元・鹿児島弁なまりの英語を披露し、疑問文でどうしても語尾を上げることができなくて、何度も読み直しさせられていた。
「古市、いい?疑問文は、語尾を上げるんだよ」
「はい」
「じゃあ、読んでごらん」
 何度このやり取りを先生としても、古市くんが読む疑問文の語尾は下がったままで、そのたびにクラスでどっと笑いが起き、古市くんは悲しそうにおかしそうに眉をへにょりと下げていた。かわいい、大好き、古市最高!心の中で唱えながら、わたしは熱いまなざしで古市くんを見ていた。
 古市くんが英語の先生に目をつけられて、毎回授業で当てられるようになると、古市くんがわたしに助けを求めるのは自然な流れだった。
「古市くん、ここはwouldよりcouldの方がいいかも」
英語の新しい課題が出るたび、わたしと古市くん、それから古市友人のAくんと、カフェテリアのテラス席で一緒に解く。放課後にまたひとつ、新たなルーティーンが追加された。はじめは、共通点のないわたしと古市くんの組み合わせに、クラスみんなから疑問に思われた。だが、AくんとわたしはもともとGLという共通の趣味で仲がよかったため、Aくんと古市くんに混ざって勉強しているのも、「あぁ、Aくんと大津は仲いいもんね」で理屈が通った。少しぎこちなかったわたしたちトリオが、時を経て周りの人たちに少しずつ浸透してくるようになって、わたしは嬉しかった。なんだかまるで、ハリーポッターシリーズのメインキャラクター三人組みたいだ。わたしがハーマイオニーで、たぶんハリーポッター役は古市くん。ポンコツキャラだけどたまに男らしいところがあるAくんは、きっとロン・ウィーズリーが似合っている。
 隣で英語の課題に頭を抱える古市くんは、ものすごくかわいかった。三人で模試の成績を見せあいっこしあっては、そんな古市くんを間近で見られることが幸せでしかたなかった。

「……大津さんってさ、古市のこと好き、だよね?」

 だから、Aくんにわたしが古市ファンであることを悟られるのも、時間の問題だった。
 いつもの放課後、テラス席。古市くんが化学の質問で職員室へ出かけている時、ふいにAくんがわたしの隣に席を移してそう問いかけた。というより、質問形式ではあったけれど、Aくんの口調は確定したことを伝えているような響きだった。
「う、うん……」
 ぎこちなく首をたてに振る。するとAくんは、「やっぱりなぁ」と言ってにっこり笑った。
「や、やっぱ見すぎかな?」
「見すぎ。そのうち古市にもバレるよ」
「ひえぇぇ、それだけは勘弁してくださいぃぃ」
 放課後勉強会だけではなく、授業中や休み時間に古市観察をしているのもバレていたらしく、わたしは恥ずかしすぎて燃えるようにまっかに染まりあがった。
「それで?古市のどこが好きなの?」
 Aくんはわたしの隣で頬杖をついた。夢見る少女のような瞳でこちらを見られたら、わたしだって白状しないわけにはいかない。
「えっとですね、まず寡黙なところ」
「ふむ」
「あと、目が細くて色白で」
「なるほど」
「何考えているかわからない、あの謎めいた雰囲気とか」
「あー超わかる」
「で、たまに抜けているところがあって」
「あれ、めっちゃかわいいよな!」
「あれ、もしかしてAくんも……?」

「いやー、仲間いて嬉しいわ!俺も実は、古市のファンでさ」

 テッテレテーン。Aクンガオオツノナカマニナッタ。
 実は、Aくんは“勝手に古市アンバサダー”らしく、身近な人に古市くんの魅力を普及するのを生業としているらしい。「いやー、古市がめっちゃドタイプでさ」とまで豪語していた。それが果たして友達の範疇なのか、はたまた恋愛の方面でドタイプなのか。GL好きなAくんなら、後者もあり得ないことはないと思ったけれど、そこはあまり深掘りしないことにした。
「もう古市のことなら、何でも聞いて!すべてのジャンルにおいて、古市のかわいいエピソード知ってる自信あるから」
 目的はどうあれ、とにかくAくんはわたしの古市愛に対して全面的にバックアップしてくれた。
「えっ、それじゃあ……古市くんの休日の過ごし方とか聞きたいです!」
「いいよーもちろん。古市はね……」
 そのバックアップのおかげで、古市くんについて新しく知れたことがある。
 新情報、その一。古市くんは釣りが好き。朝が弱い古市くんのイメージからは想像もつかなかったが、休日は一日中寝るか釣りするかの二択らしい。
 新情報その二。古市くんは大泉洋が好き。ちょっとここは、古市ファンのわたしとしては驚愕の事実だったが、ノン古市ファンのみなさんには心底どうでもいい情報だと思うので、深掘りは割愛。
 新情報その三。古市くんの彼女は中学校の同級生で、付き合って三年になるらしい。
「付き合って三年!古市くん、すごい一途じゃないか……」
「そうなんだよー、そこも推せるポイント」
 付き合って三年も経つんだ。そんなの、わたしは敵いっこないよなぁ。
 彼女がいると知った時点で、古市くんの好きな人になることをはなから諦めて臨んできた恋だったけれど、今さらながらに胸がちくりと痛んだ。彼女がいる人を好きになるって、こういうことだ。わかっていたでしょうと自分をたしなめながらも、胸の痛みは治まらない。
「そっか、わたしも、三年とかそのくらい長い間、古市くんを推せるかなぁ」
 ひとりごとのつもりでぽつりと呟く。すると、Aくんがこちらに向き直って言った。
「できるよ、きっと」
 その表情が憂いを含んでいるように見えたのは、放課後の夕焼けのいたずらか、それとも。

 とは言え、そんなしんみりした気持ちになったとて、古市くんのかわいさが薄れるわけでは全くない。古市くんが三年も続くくらい彼女さんに一途ということを知ってからというもの、わたしも古市くんに負けず、一途であり続けたいという変な対抗心が生まれた。わたしの古市愛はますます強固なものになっていった。
「古市くん、化学でちょっと質問いいですか?この、グルコースの構造式なんだけど……」
 その頃になると、わたしは古市くんと英語以外の話題でもしゃべれるようになっていた。といっても、話題の九割五分が国数英社理のどれかなのだが。残りの五分は、「今日の授業眠かったね」か「ベルト付けてきた?」である。
 古市くんは完全理系脳で、英語や国語が得意なわたしときれいに得意教科がわかれていた。古市くんの得意教科は、数学と物理と化学と地理だった。数学、物理、化学は理系脳らしい得意教科だが、それにプラスで地理までできるなんて、もう好き。いまだに「地理」という言葉を聞くだけでほほえましくなるくらい、今もなおわたしの心の中には古市愛が巣くっている。
 当時のわたしのブームは、わたしが苦手かつ古市くんが得意な教科だった化学の質問をすることだった。もはや、古市くんに質問したいがためだけに化学を勉強しているまであった。時々、古市くんの集中が切れていそうな隙を見計らって、化学の参考書から古市くんに口頭クイズを出してもらうこともあった。古市くんにかっこいいところを見せようとこっそり前日に猛勉強してクイズに臨むのだが、毎度毎度古市くんはいじわるな問題を一つ出した。複雑な化学式や名前の長い物質の名前、覚えにくいカタカナの用語。わたしが暗記し忘れているところを的確に突いてくるので、いつもかっこいいところは見せられずじまいだった。
 そして、口頭クイズを出してもらっているうちに、また一つ、新たに発見したことがある。いじわる問題を出す前、古市くんは必ず眉をくいっと上げるのだ。
「あれは古市、ちょっとかっこつけてたな」
「か、かっこつけてたんですか、あれは!」
「まちがいない、俺にはわかる」
「か、かわいすぎる……っ、なんてあざといんだ、古市くん……っ」
 テラス席での放課後勉強会の帰り道。家の方向が同じであるわたしとAくんは、一緒に帰りながらその日の「古市ポイント」を語り合うのが日課になっていた。
「しかも古市くん、今日、メガネしてました……っ」
「いやぁ、なかなかいないぞ。あの青の細フレームが似合う人間は」
「メガネが鼻からずり落ちないように、指で押し上げてました!」
「尊い……いっそ、そのメガネになりたい」
 話のネタは尽きることがないし、はたから見れば変態でしかない。
「しかもですよ、Aくん。来月には体育祭があるんですよ」
「ということは?」
「走る古市くんや、綱を引く古市くん。さらには、障害物に阻まれる古市くんまで見ることができてしまうんですよっ」
「まじか、神だわ」
 受験生の時間は飛ぶように過ぎていく。カレンダーはいつの間にか九月を指していた。
 当時、受験生生活の始まりとともに到来したコロナの流行は、受験生の数少ない楽しみであるイベントごとをことごとく奪っていった。隣の学校の生徒たちが長野のスキー場ではしゃいでいる中、わたしたちはコロナの感染拡大を見越して修学旅行中止を言い渡された。学校が海のすぐ近くに位置するため、毎年恒例になっていたサンドクラフト大会は、いつの間にか行事予定表からすっと消えていた。あたかも元々行事がなかったかのように、すかすかの予定表が生徒全員に配られた。わたしたちの手元に辛うじて残ったのは、例年よりだいぶ縮小された体育祭だけだった。
 それでも、わたしたち古市ファンにとって、体育祭開催はアツかった。
「そういえば、わたしがいつも見ている古市くんって、物理の参考書見ていたりお弁当食べていたりで、あんまりスポーツしているイメージがないんだけど、運動得意なのかな?」
「まぁ、古市は基本無気力そうに見えるし、実際学校行事とか興味ないタイプだもんな」
 わたしたちの学校では、高校三年生になると体育の授業を見学してもいいという暗黙のルールがある。つまり、がっつりスポーツをしたくないという人は、体育服を着てさえいれば、体育館のすみっこで寝てようが、単語帳を繰ってようが、単位はくれてやるという制度である。古市くんは、わたしの記憶する限り、いつも参考書片手に体育を受けていた。
 だが、Aくんはいつもふいを突いて古市くんの新情報を小出しにしてくる。
「でも、古市って実は中学の時、陸上部のエースだったらしいよ」
「え、うそっ!」
「ほんと。名前ググったら大会の入賞者で出てくるから。中二の時は県大会二位だったらしくて、全国で戦った実力者だよ」
 その場ですぐ検索すると、小学生の頃から陸上だけでなく水泳の大会でも、「二位」「二位」「一位」がずらりと並んでいる。あの色白でひょろっとした体つきからは想像もできないほど、こんなにスポーツ万能だったなんて。しかも、輝かしい功績を決してひけらかすことなく、勉強にひたむきな姿勢。またひとつ、古市くんの好きポイントが加算されていく。
「五十メートル走のタイムもクラスで二番目に速かったから、学級対抗リレーでの古市の走順は最後から二番目です」
「最後から二番目かぁ、絶対見逃せない……っ」
「で、ちなみに俺は、アンカーです」
「あ、へー」
「五十メートル走だと僅差で古市に勝ったんで」
「お、わお」
「古市以外の話題だと、全然興味なさそうだな、おいおい」
「わわ、ごめんつい……」
 Aくんに慌てて「すごいすごい」と拍手を送れば、最初は不服そうにほっぺを膨らましていたAくんは、まんざらでもなさそうに頬を緩めた。
「あれ、そういえば大津さんの走順は?走るんでしょ、リレー」
「そうなの。わたしも実は、走順が最後から二番目で」
 だから、二倍に嬉しかったのだ。古市くんとわたしの走順が同じで、なんだかおそろいみたいで。そんな小さなことが、前よりも確実に嬉しい。
「最後から二番目?オッケー、古市にも言っとくわ」
「えっ、いやなんも言わなくてだいじょうぶだから!」
「注目選手は最後から二番目だって、って」
「やめてください、わたしは古市くんに認知されるより、古市くんを応援する群衆のモブとして陰ながら声援を送りたいんです……っ」
「いや、群衆のモブとしてっていうか、そもそも古市ファンが俺と大津さんしかいないから」
「そうだった、忘れてた」
 そんな掛け合いをしながら帰る日々をくり返すこと、数回。体育祭の本番はあっけなく訪れた。
 けれど、わたしの、いやわたしたちの希望もまた、ぱんぱんに空気が詰められた風船が勢いよく割れるように、あっけなくしぼむことになった。

 古市くんが、体育祭を休んだのだ。

 この悲しい知らせは、Aくんから緊迫感を伴って伝えられた。
「大変なことが起きた」
 朝、遅刻魔の古市くんを見習って、わたしはいつも遅刻ギリギリを狙って登校するようにしていた。体育祭当日でもそのルーティーンは変わらない。いつものように古市愛に満ちあふれながら、始業三分前の教室に滑りこんだ。扉を開けた先には、Aくんが立っていた。
「Aくん、どうしたの?大変なことって?」
 早く体育服にも着替えなければいけないし、Aくんは青白い顔をしているし、いやそもそもAくん日焼けで真っ黒だから青白くなっても全く気付かないしで、わたしは軽くパニックだった。
「古市が今日学校を休むらしい」
「……はい?」
 それがAくんのこの一言で、わたしのパニックは一気に重症化した。
「どうして?どういうこと?わたしはその手には乗らないよ?」
「いや、マジだって」
 さっき連絡が来たと言いながら、Aくんはわたしの目の前にスマホを差し出した。初めて見る古市くんのオンライン上の会話……とか何とか言っている場合じゃない。
「ほんとだ……」

[A:古市、おまえまだ学校来ないん?]
[古市:今日は頭痛いので休みます]
[A:は?うそやん]
[古市:さっき担任に連絡した]
[古市:僕の分までリレーはよろしくお願いします]

「くっ、古市くんの色白な肌とか、ひょろっとした体形とか、そういう病弱っぽさが好きだったのに、まさかその病弱感が仇となるだなんて……っ」
「待て待て、僕だけなのか?大津さんの心の声が官能的に聞こえてしまうのは」
 とりあえず心の声を抑えろ、とAくんに諭されてわたしは唇を嚙んだ。こんなことって……。
 さらに、悲劇は重なるのがお決まりというもの。天気までわたしたちに牙を剥いた。
「雨……」
 古市くん抜きの体育祭が始まってしばらくのこと。
 ぽつり、とおでこに冷たいものを感じた次の瞬間、バケツの水をひっくり返したみたいな土砂降りがやって来た。まるで、古市くんが休むことを知ったわたしたちの心を映し出したかのように、雨はとめどなく降り続けた。グラウンドをどろどろに溶かしながら、わたしたちの肌から体温を奪いながら、雨はそれでもまだ止まることを知らなかった。そんな状況で、体育祭が続けられるわけなんてない。学級対抗リレーを目前に控えたお昼ごろ、ついに体育祭の延期が言い渡されてしまった。
 だが、それはわたしたちにとってチャンスでもあった。
「体育祭は二日後に延期された。つまり」
「つまり、古市の頭痛がそれまでに治れば」
「走る古市くんや障害物に阻まれる古市くんを拝めるチャンスは、まだゼロではないということ……!」
 わたしたちの期待は再び膨らみ始めた。

 迎えた二日後は、それまでの雨が嘘だったかのような快晴。グラウンドも元通りに整備され、わたしもAくんも体育服に着替えて準備万端だ。舞台は整った。あとは、主役の登場を待つだけだった。
 と、ここまででめちゃくちゃ体育祭のエピソード引っ張るじゃん!と誰しもが思ったことだろうと思う。ごもっともだ。この「雨が降った」「古市くんが休んだ」の騒ぎで、かれこれ二千字以上もの文字数を費やしてしまっている。だが、それだけわたしたちの古市くんにかける思いはは強かったのだ。
 そんな希望を胸に秘めながら待ちわびていたからこそ、始業時間のチャイムが鳴っても古市くんの姿が見えなかった時は泣きそうになった。
「もうこの展開、デジャブ過ぎて結末が見えるよ……」
「まさか、古市、今日も休みなのかっ」
 Aくんが隣でしきりに古市くんにメッセージを送る中、わたしは一人諦めの境地にいた。わたしたちの青春は、もう終わってしまったのだ。そんな言葉が脳裏をよぎれば、ますますみじめな気持ちになった。目の周りが熱い。
「……大津さん、だいじょうぶ?」
 そんなわたしに気づいたAくんは、とたんに優しい顔になる。
「まだ担任来てないし、一回顔洗ってきたら」
 たしかに、いつもであれば始業の二分前には教卓前でショートホームルームの準備をしている担任なのに、今日は始業のチャイムが鳴ってしばらくしても、まだ教室に現れていなかった。
 わたしはこくんとAくんの言葉にうなずくと、鼻を啜りながら教室の扉までうつむきがちに近づいた。ところが、扉を開こうと手を伸ばした瞬間、わたしの目に溜まっていた涙はすっと引っ込んだ。二度目のデジャブ―――教室の扉前で誰かと鉢合わせするというデジャブが、訪れたのだ。
「ふ、古市くん……?」
 引き戸になっている扉のレール一本を隔てて、わたしは古市くんと向かい合っていた。古市ファンとしては、この上ないゼロ距離ファンサではあるのだが、その時のわたしはわけがわからず、とっさに「古市くんみたいな高貴な人の御前に、こんなわたしのような下々の者の顔をさらしてしまい、申し訳ございません!」と心の中で謝ってしまっていた。だが、とにかく古市くんが学校に来てくれたのだ。わたしたち古市オタクの願いの強さはだてじゃない。

 その後の体育祭は控えめに言って、めええええっちゃくちゃに最高だった。
 
 リレーで軽やかに走る半ズボン姿の古市くんは、足もまっしろで筋肉質で、ふだんとはまた違った神々しさをまとっていた。集団演技でアヴィーチーの”The Nights”に合わせてダンスしていた古市くんは、ずっとリズムに乗れていなかった。しかも、全部の動きが自信なさげでけだるそうに見えた。途中、床に手をつきながらステップを踏むダンスなんて、地べたに転げまわるいぬを思い浮かべたくらいだ。それでも、すべての動作においてワンテンポずつみんなから遅れをとる古市くんがかわいすぎて、わたしは終始悶絶の声を上げていた。その隣でダンスしているAくんの動きは完璧で、寸分の乱れなく踊りこなしていた。でも、それが目に入らないくらい、わたしの目は古市くんだけを追い続けていた。
 たぶん、古市くんを好きになる前のわたしだったら、Aくんみたいにすべてに対して全力投球な人がタイプだと言っていただろう。けれど古市くんの前では、そんな理屈や前例なんて、いともかんたんにへし折られた。―――古市くんのすべてが、私の中での正解だった。
 自分の出番ではない時の古市くんは、休憩用のテントでイスにだらんと座り、ダンスという重労働と暑さで疲労困憊といった感じだった。そんな無防備な古市くんも愛しくて仕方なかった。友達と一緒に自撮りした時、たまたま無防備ふるいちが映りこんでいた写真があって、その一枚だけをこっそり現像して手帳の裏に挟んだ。受験勉強が辛い時は、その写真を見るだけでとたんに元気が出た。ストーカーみたいなことしているな、わたし。ハッと我に返ることはあったけれど、決してやめようとは考えなかった。
 そんな無防備ふるいちをお目にかかれて大満足だったわたしだが、いかんせん人間というものは欲が出てしまう生き物だ。終始イスの上で目をつぶり、他の人たちが競技で頑張っている様子を見ている気配のない古市くんに、わたしはもやりとした。わたしの頑張っているところ、古市くんに見てほしい……。そんな欲がむくむくと心の奥底に湧き上がっていた。
 けれど、そんなことを古市くんに直接言えるわけない。悶々とするうちに、わたしの出番はあっけなく訪れた。障害物競走。学級対抗リレーでは最後から二番目で走っていたが、障害物競走ではわたしがアンカーを務めることになっていた。
 この障害物競走においての「障害物」は、コーナー半周ごとに用意された「計算問題」だった。わたしは、クラスの中ではまぁまぁ体力があるし、計算なら自信がある。きっとだいじょうぶなはず。そう念じて聞かせたけれど、いざバトンを受け取る場所に立つと、プレッシャーで一気に心拍数が上昇した。
 バトンを自分のクラスのチームから受け取ったのは、別のクラスのアンカーを三人見送った後のこと。わたしは無我夢中で走り、計算問題のブースに着くやいなや、配られた計算問題にさっと目を通した。紙に書かれていたのは、たったの一問。周りでは、「うわー、分数のたし算とかもう忘れたんだが」「えっ、因数分解って何だったっけ!」と騒ぐ、体育会系女子たちの声。察するに、みんな異なる問題が出題されているのだろう。わたしのもらった問題はというと、シンプルな二桁のかけ算だった。勝ったと思った。
 とてつもなくどうでもいい情報なのだが、わたしは二桁のかけ算が得意だ。中学三年の頃、何を思ったのか「大学入試に役立つかも!」ということで、インド式の計算を習得しようと試みたことがあった。今ではすっかり忘れてしまっていたが、なぜかインド式の二桁のかけ算だけはやり方を覚えていたのである。インド式計算にハマっていた中三のわたし、ナイス!そうしみじみと感じ入りながら、計算を解き終えた。そのまま、残り半周を全力で走り抜ける。風が気持ちいい。ゴールは目の前。思いっきり足を蹴りだすと、白いテープがおなかのあたりをくすぐった。空気銃の音がぱんっと鼓膜を揺さぶる。
「一位はー、三年十組―っ」
 わたしたちのクラスの席から、拍手と喝采が上がった瞬間だった。

 障害物競走のあと、自分のクラス席へと向かっていたわたしは、その途中でAくんに会った。
「おつかれ!おめでとうっ」
 わたしを見つけるやいなや、Aくんはすぐに駆け寄ってくれた。
「ありがとう!」
 そうお礼を返そうとAくんを正面から見つめる。すると、Aくんの後ろには誰か人影があった。よく目を凝らしてみれば、あろうことかその人こそ、マイ・ラブ・スウィート・古市くんだった。
「おめでとうございます」
 Aくんの後ろから遅れてこちらに歩いてきた古市くんは、そう言ってふわっと笑った。その笑顔が目に入った瞬間、心臓がぐわんぐわんと暴れ出す。
 あぁ、この笑顔。はにかんだような控えめな笑い方だけれど、決して愛想や作り笑いではない、本物の笑顔。いつだったかの「英語得意でよかった記念日」で見たあの笑顔を、また見たいとずっと願っていた。それが、障害物競走を一位でゴールした後で。しかもAくんに付いてきたとはいえ、さっきまで歩くことすらけだるげな様子で座っていた古市くんが、わたしにねぎらいの声をかけるためにわざわざ来てくれたなんて状況だったら。ますますわたしにとってその笑顔は、特別だった。どんなイケメンの笑顔を世界中から集めてきたって、古市くんの笑顔のきらめきには勝てないと思った。あまりの眩しさに目から涙がこぼれ落ちそうになる。
 それを古市くんに悟られないようにそっと拭いたあの日は、人生史上最高の体育祭だった。

 さて、受験前最後の青春もあっという間に終わりを迎え、それからは勉強漬けの日々だった。淡々としていて、物語にするにはあまりにもお粗末なエピソードしか残っていない受験生生活だったけれど、それでも古市くんさえいれば、わたしにとっては毎日が彩りに満ちた日々だった。
 その間に、Aくんは私立の推薦入試で一足早く合格した。合格の知らせを聞いたわたしと古市くんは、あらん限りの拍手でねぎらいの言葉を贈り続けた。
「すごいなぁ、クラスの難関私立合格者第一号じゃない?Aくんおめでとう」
「ジュース買うよ。何がいい?」
 古市くんはAくんを祝福するべく、学校の自動販売機の中で一番高いMONSTERをプレゼントしていた。でも、いざ自動販売機に立つと、古市くんの財布に入っていたのはたった二百円だった。
「古市おまえ……っ、俺のためにMONSTER買ってしまったら、全財産がほとんどなくなることになるぞ?」
 ジュースを買ってもらうのを渋り始めたAくんに対して、古市くんは「だいじょうぶ」とこともなげだ。
「僕の友達なんて、全財産四十二円だった時、赤い羽根募金に全財産寄付してたから」
 だからだいじょうぶ、と頑なな古市くんに、Aくんもしまいには折れて、「そっかぁ、ならだいじょうぶかぁ……」と呟いていた。だが、わたしにしてみれば、全財産四十二円を赤い羽根募金に費やした友達がいようがいなかろうが、財布の中身が空同然になることは十分だいじょうぶではないし、Aくんもなぜその謎理論にほだされているかもわからなすぎる。ツッコミどころ満載ではあったが、何せ友達の「四十二円の赤い羽根募金」エピソードを語っている時、古市くんがどこか自慢げな顔をしていたのがかわいすぎて、もうどうでもよくなった。わたしもつられて、
「そっか、ならだいじょうぶかぁ」
 と復唱する。こっそり心の中で、わたしも古市くんに「友達」って言われたいし、「古市くんの友達枠」としてこうやって自慢されたいなぁ、と思いながら。

 Aくんが難関私立に合格してもなお、三人での放課後勉強会は受験の前日まで続いた。
来たる受験当日の一発目は国立受験者なら全国共通の大学入試共通テスト(旧・センター試験)。わたしや古市くんを含めた国立志望のクラスメイト達は、同じ共通テスト受験会場で一緒に受験する。
 といっても、受験会場が一緒なだけであって、会場内のどの部屋を割り当てられるかは人によって異なる。膨大な県内の共通テスト受験生が一つの会場に集まるのだから、会場内の部屋は無数にある。わたしは友達の誰ともわりあてられた部屋がかぶっていないことに焦っていた。
「えっ、共通テストってだけでただでさえ不安なのに、まさかクラスでわたし一人だけ別の部屋……?」
「どんまい、むぎ」
 そう言って女の子の友達が次々とわたしを慰めてくれたけれど、その子たちはみんな同じ部屋で受験することになっている。「うわーん、ずるい!」と半泣きべそになりながら、わたしはダメもとで古市くんの元へ向かった。
「古市くんはちなみにどこの部屋をわりあてられてたの」
 ちらりと古市くんの受験票を見せてもらう。すると、そこに書かれていたのはあろうことか、わたしと同じ部屋番号だったのだ。あぁ、あろうことかシリーズ第二弾……!クラスメイトが四十人近く受験する中、同じ部屋だったのは結局古市くん一人のみだった。神様に心から感謝した。
 古市くんと一緒に受験会場の部屋まで階段を上る時も、後ろ姿の背中がかっこよくて共通テストどころではなかった。古市くんの背中に背負われたリュックサックには、アマビエのストラップがぶら下がっていて、それもかわいすぎて最高だった。

 そんな古市くんパワーのお蔭だろうか、わたしの共通テストの点数は自分史上最高点で、わたしはずっと憧れだった医学部に合格することができた。

 合格者一覧の受験番号の中にわたしの番号を見つけた時は、思ったより冷静にその喜びを受け止めた。母が隣で泣き咽ぶ中、わたしは「うわ、ふだんわたしに下ネタばっかり振ってくる母が、大学合格と聞いて泣いている……っ」と、むしろ引いていたくらいだ。
 受験の喜びをようやく噛みしめられたのは、古市くんのお蔭だった。
 合格が分かった次の日の放課後、ひとり教室で残っていたわたしの元に、誰かがとことことやって来た。もうこの展開を何度も繰り返しているので、「なんと」とか「あろうことか」とかそんな言葉は使いません。みんなの予想通り、とことこやって来たのは古市くんです。はい。
「おめでとうございます」
 古市くんはそう言って、またあのふわっとした目線のかち合わない笑顔を見せてくれた。
「本当に、おめでとうございます」
 二回も繰り返しそう言ってくれた。それだけでも嬉しいはずなのに、あの時のわたしはつい欲張りになっていた。
「あのっ」
 おめでとうをひとしきり言って帰ろうとしていた古市くんを呼び止める。
「わたしのこと、医学部行った友達がいるって自慢してくれる?」
 突拍子もない発言だっただろう。それなのに、古市くんはまた優しくほほえんでくれた。
「うん」
 こうして、わたしの古市くんを推しつづけた長い長い受験生生活は幕を閉じたのだった。



 古市くんという雲の上みたいな存在を知ってから、わたしは小さな幸せにたくさん気づけるようになった。スポーツクラブのバスと道を違えるまで、終始幼稚園児と手を振り合ったり、ポトフを煮込んだり、干した洗濯物の香りをめいっぱい吸いこんだり。そんな日常のささやかな喜びが、一つ一つ特別できらきらしたものに感じられるようになった。
 ありがとう、古市くん。
 そう直接言えたらよかったけれど、あいにくわたしと古市くんがばったり街中で会う確率は限りなくゼロに近いし、古市くんから連絡が来るほど親しくないし、わたしから連絡するだなんて考えただけでもおこがましい。というわけで、直接伝えられない代わりに、この場でひっそりと古市くんに告白したい。
 古市くん、大好きでした。寡黙で、色白で、ふんわりくせっ毛で、笑うと目が細まって、かっこつける時は眉毛がくいっと少しだけ上がっていて、青いメガネがものすごく似合っていて、どこかくぐもったような優しい声で、意外にも鹿児島弁がものすごく強い話し方で、ボンドを育てていて、かっこいいのにかわいくて、忘れっぽくて、でもそれなのに頭はよくて、数学と化学と地理が得意で。挙げればキリがないほどに、古市くんのことが大好きでした。
 大学生になってからもしばらくずっと好きで、古市くんが通いたいと言っていた予備校の前を通るたびに、「古市くん頑張れ!」といるかどうかもわからない古市くんに、テレパシーでエールを送っていた。
 けれど、大学に入学してからずっとこんな調子だったので、しばらくするとさすがに古市くんのことはもう忘れた方がいいという考えが芽生え始めた。

 そのタイミングで、大学一年の夏、二学年上の先輩から受けた告白にOKをした。

 はじめは、古市くんのことが忘れられなくて、先輩を裏切っているような罪悪感が常にまとわりついていた。けれど、古市くんなんて三年も四年も同じ人をずっと好きなのだ。わたしもそんな一途さを見習わねば。そう頭を切り替えて、先輩のいいところを探そうとしていたら、不思議なことにどんどん先輩のかわいいポイントや優しい面が見えてくるようになっていった。結局、付き合って一年が経とうという頃には、わたしの方が好きになっていたまである。
 けれどもその一年間いつも順風満帆だったかといえばそうでもなく、その間には一途心を揺るがすような出来事だってたくさん起きた。

 一ヶ月記念日の時、サプライズでプレゼントを用意し、先輩の家にアポなしで押しかけた。玄関先でクラッカーを鳴らし、盛大にお祝いした後、その日に打ったコロナワクチンの副反応による高熱でぶっ倒れたのは、今でも鮮明に思い出せる。
「体に無理させた上に、俺はなんにもサプライズとかプレゼントとか考えてなかった。ごめんね」
「いえいえ、全然そんな謝ることじゃないです」
「半年記念日はちゃんとお祝いできるように準備するから。期待してて」
 あの時の先輩の言葉は、思い出すだけできゅんとする。本当に優しい人だなと思った。
 だが、いよいよ半年記念日。今日は水族館デート!やった!とうきうきしながらスマホにふと目をやると、飛び込んできたのは「別日に移せん?」というメッセージ。一瞬、わたしの周りの時間がすべて止まったかのようだった。
「……はい?」
 あんな甘い言葉で約束をしてきたのは先輩の方だった。それなのに、「準備するから」と言っていた当本人が、当日ドタキャンだと?
 しかも、その時はLINEでの「ごめんね」すらもなく、「色々やりたいことがあって」「また明日にでも」「土下座のスタンプ」と来た。いやいや、彼女との半年記念日を凌ぐほどの「やりたいこと」とは?ていうか、明日はバイトを一日中入れているのですが?そして、土下座のスタンプがただただうざい。なんだこの、激しく地べたに頭をこすりつけているクマのキャラクター!めっちゃ腹立つ!心中はけっして穏やかではなかったけれど、その時は怒る気持ちをぐっと抑えて、「わかった!今度水族館行けるの楽しみー」と送った。既読スルーされた。その時は一週間泣き腫らした。
 その後、「やりたいこと」って何だったのか聞いたら、「歯医者の予約とか」という返事が返ってきた。歯医者の予約に負ける彼女って……。

 それから四カ月ほど経ったある日は、大学で夜九時まで実習をしなければならないことがあった。
 当時、わたしの住んでいたアパートは、キャンパスから丘を下り、路面電車に二十分揺られた先にあるという、大変へんぴな場所にあった。もう夜も遅いし、キャンパスから徒歩五分圏内の彼氏宅に泊まらせてもらおう。そんな軽い気持ちで電話したら、突然真剣なトーンで「今、まじめな話してもいい?」と切り出された。一気に血の気が引いた。何も心当たりはなかったけれど、別れ話かもしれないと焦った。
 だが、実際の内容はより深刻だった。
「つい三日前くらいに、潰瘍性大腸炎と診断されて……」
 その一言に、頭はまっしろになった。潰瘍性大腸炎とは、一言でいえば難病のひとつである。「彼氏が難病」なんて、字面だけ見れば完全にラノベみたいな設定が、まさか自分の身に起こるなんて。信じられない気持ちでいっぱいになりながら、「これからこの人はどうなってしまうんだ」という不安で涙がとめどなくこぼれ落ちた。それを電話越しに悟られないよう、必死に歯を食いしばった時の息苦しさを、今でも鮮明に思い出すことができる。キャンパス前の駐車場にしゃがみ込み、病気についての説明に辛うじてあいづちを打ちながら、滴る涙をそっと、目が腫れて明日の学校で友達から心配されないようなやり方で拭っていた。
「俺、かわいそう?」
 電話越しに、彼氏がそんなことを聞いてくる。普段ヒモキャラで、わたしが彼氏をいじるような発言をすると、すぐ泣きまねしながら、「かわいそう?」と聞いてきて、わたしが「うん、かわいそう」と返すのがお決まりだった、わたしたちの定番のやりとり。電話の向こう側で、不安に押しつぶされそうになっているだろうに、そんな二人の茶番でわたしを笑わせようとしているのが伝わってきて、思わず嗚咽が漏れそうになった。いったん呼吸を整えようと咳払いをして、
「あれ、今聞こえなくなってたからもう一回言って?」
 と電波のせいにする。
「俺、かわいそう?」
「……うん、すっごくかわいそう」
 今度ははっきりした声でそう返したら、耳元で「ははっ」という笑い声が聞こえた。
「むぎちゃんと話したら元気出たわ、じゃあありがとうね」
 そう言って切られた通話。……結局、おうちに泊まらせてだなんて、その日は言えなかった。ぽろぽろ涙を流しながら、大学から家まで三十分間、自転車を漕ぎ続けた。

 それから、潰瘍性大腸炎についてたくさん調べた。控えた方がいい食べ物は、ほとんどが日常的によく使っていた食材で参った。肉は牛・豚だめ、ひき肉は脂肪分が多いからだめ、カレーは辛さが刺激になるからだめ、のりは食物繊維が多いからだめ、いちごは種が消化しきれずに腸を刺激するからだめ……などなど。どのサイトを信用すればいいかもわからず、彼氏と買い物に行った時は手にした食材の八割を、「これはだめ」と切り捨てられた。
「もうそれじゃ夜ごはんは米と卵ととうふしか食べられないよ」
 と投げやりになれば、「それでいいよ」と返事が返ってくる。参ったものだ。それでは、食事制限が厳しくて市販品で夜ごはんを済ますには大変だからと、わたしが料理しに来ている意味がないじゃないか。そんな思いで、必死に潰瘍性大腸炎患者さん向けのレシピを漁った。病気で苦しんでいる当事者である彼氏に弱音を吐露することははばかられるし、病名を一部にしか明かしていない彼氏の意図を汲んで、周りの人たちにも相談することは決してしなかった。わたしは、常に孤独だった。その寂しさと辛さが爆発したのは、彼氏から言われた「ごはん早く作ってよ」の一言。そんな普段なら気にも留めないような些細な言葉に、わたしは思わず「自分でたまには作りなよ!」と吐き捨て、気づけば外に飛び出していた。
 正直、追いかけてくれないかなと軽く期待していた。……全然追いかけてくれなかった。
 十五分くらい、真夜中の田舎道を散歩して、それからいそいそと彼氏宅に出戻ると、彼氏は寝室のベッドに寝っ転がっていた。なんなんだ、この人は。自分の彼女が外に飛び出したというのに、心配する気持ちはないのかと憤っているところで、「ごめんね」と優しくハグしに来てくれて、ちょろいわたしはコロッとほだされた。
「あとさ、担当医に聞いたら、潰瘍性大腸炎って食べ物の制限とかサイトに色々書いてるけど、正直そんなに気にしなくていいよって。だから……もう俺の病気のことで作る料理を気にしなくてもいいよ」
 穏やかな声でそう伝えられ、ほろほろと涙を流しながらわたしはふと思う。……じゃあ、最初から彼女任せにしないで、医者に聞けやああああ!

 とにかく、彼氏ができてからというもの、ぼろぼろ泣いたり、怒ったり、感情をむき出しにしてぶつかることが多かった。けれど、そのたびにお互いごめんねを言い合って、また元通り仲良しに戻ってきた。古市くんみたいに一途になりたいというわたしの憧れが繋いでくれた縁だった。

 けれど、そんな日々はほんのちょっと前に終わりを告げた。
 クリスマスイブまであと二日というところで、わたしたちは恋人関係を解いた。
「ごめん、今までずっとむぎちゃんに謝ってきたけど、これ以上俺は自分を変えることができないし、また悲しい思いをさせるくらいなら……」
 わたしに自分の態度を口うるさく注意される日々の中で、わたしに対する「好き」という気持ちが薄れてしまった。そう言われて、涙が次から次に押し寄せた。何が間違っていたんだろう。わたしがもっと我慢して何も注意せずにいればこんな悲しい思いをしなくても済んだのかな。後悔と疑問がめまぐるしく脳内を駆けめぐり、それでも答えは出なくて、ただ泣いていることだけが事実だった。驚いたことに、彼氏の方も鼻をすんすん言わせながら涙を流していた。泣いているのを見たのは、あれが最初で最後だった。
 
 彼氏という存在がなくなって、改めて頭に浮かぶのは古市くんの顔だ。
 ついさっき、彼氏ができてから封印していた高三当時の手帳を開いた。手帳のカバーと表紙の間に隠していた古市くんの写真は、今も色褪せずに残っていた。これからまたしばらく、古市くんを推す日々が始まりそうだ。古市くん、お元気ですか?わたしは元気です。