夕ご飯は、タコスパーティでした。
トルティーヤと呼ばれる薄焼きパンの皮に、ひき肉や野菜やエビやチーズを具材として包み、サルサソースやアボカドのディップを加えて食べる。海苔と酢飯と魚介を用意して好きに手巻き寿司を作って食べるようなものです。ちなみにサルサにはスペイン語でソースという意味があるらしく、つまりサルサソースという呼び方はソースソースということになってしまうそうです。サルサ・メヒカーナと呼べばメキシコのソースという意味になるとベロニカさんが教えてくれました。
パーティの後は、ロテリアというメキシコのゲームを遊ぶことになりました。小笠原先輩がベロニカさんにわたしたちにロテリアをプレイさせるよう頼んだらしく、わたしはいよいよ試練が来たと思って身構えました。しかしルールを聞いてみるとどうも違いそうで、軽く肩透かしをくらいました。
まず、プレイヤーは四×四で十六枚の絵が描かれた台紙を受け取ります。次に親が台紙とは別に用意された山札から絵札を一枚引き、プレイヤーはめくられた絵札と同じ絵の上にコインや小物を乗せてマーキングをします。そして一列マーキングが揃ったら「ロテリア!」と宣言をして勝利。一列ではなく外周や内周、十六枚全部のマーキングなどを勝利条件にしても良いそうですが、要は絵を使ったビンゴです。あまりにも運要素が強すぎて、人を試すのに相応しいとは思えません。
「どうして小笠原は、これを私たちにやらせたいんでしょうか」
ひとしきりルールを聞き、長野先輩がベロニカさんに問いかけました。わたしの代わりに探りを入れてくれているのでしょう。しかしベロニカさんは「さあ」と肩をすくめます。
「小さい頃、嫌がる弟くんを無理やり巻き込んでやらせるぐらい好きだったから、あなたたちにも体験して貰いたいんじゃないかしら」
「俊樹くんは苦手だったんですね」
「運で決まっちゃうからね。何が面白いのか分からなかったみたい。お兄ちゃんの方が好きだったのもゲームというより詩だし」
「詩?」
「親が絵札を場に出す時に詩を詠むの。絶対ではないけどね。私は小さい頃に覚えた詩が好きだから詠むことにしてる」
ベロニカさんが山から絵札を一枚引きました。そしてわたしたちに札の裏を向けながら、大きな唇を開きます。
「Cotorro, cotorro, saca la pata y empiezame a platicar」
ベロニカさんが、絵札を表にしてテーブルの中央に置きました。
絵札にはオウムが書かれていました。きっと詩もオウムに関係のあるものなのでしょう。意味は分かりませんし、音も雰囲気でしか聞き取れません。だけどベロニカさんの声は鳥の囀りのように澄んでいて、とてもぴったりだと思いました。小笠原先輩は好きだろうな。何も分からないのに、それだけははっきりと分かります。
わたしの台紙にはオウムの絵があったので、その上に一円玉を置きました。次に引かれたのは悪魔の絵で、ベロニカさんはおどろおどろしい雰囲気を作って詩を詠んでいました。サソリ、太陽、サボテン。次から次へと絵札がめくれ、みんなの台紙にマーキングが乗っていきます。
「ロテリア!」
勝利宣言がリビングに響きました。声を上げたのは、わたしです。ベロニカさんがテーブルに頬杖をついて柔らかく笑います。
「おめでとう」
「運が良かったです」
「ご褒美に、あの子のことを何か一つ答えてあげる。どんなセンシティブな質問でもいいから、なんでも聞いて」
小笠原先輩のことを、何か一つ。
いきなり突きつけられた話を上手く噛み砕けず、わたしの頭の中がパニックになります。小笠原先輩について知りたいこと。何があるでしょう。何が――
「――別に、いいです」
ベロニカさんがまぶたを上げました。大きなブラウンの瞳がわたしを捉えます。
「いいの?」
「はい。小笠原先輩が生きているなら何か聞いたかもしれませんけど、今は遺品のパソコンの中を勝手に覗いているみたいで、イヤだなって思っちゃって」
ベロニカさんがふむと小さく頷きました。そして手元に置いてあるメキシコビールの瓶を掴んで口をつけます。ライムを入れた瓶から直接ラッパ飲みがメキシコビールの飲み方――なのは日本の話で、メキシコではグラスに注いだ上で塩やライムを加えて飲むそうです。わたしはまず日本の飲み方を知りませんでしたが、船井先輩がタコスパーティ中に通ぶって訂正されて恥ずかしそうにしていました。
「じゃあ、次のイベントに移りましょうか」
ベロニカさんが意味深な笑いを浮かべました。試練の始まる気配を感じ、わたしの背筋に緊張が走ります。
右の親指を立て、ベロニカさんが海の方を示しました。
「花火しましょう」
トルティーヤと呼ばれる薄焼きパンの皮に、ひき肉や野菜やエビやチーズを具材として包み、サルサソースやアボカドのディップを加えて食べる。海苔と酢飯と魚介を用意して好きに手巻き寿司を作って食べるようなものです。ちなみにサルサにはスペイン語でソースという意味があるらしく、つまりサルサソースという呼び方はソースソースということになってしまうそうです。サルサ・メヒカーナと呼べばメキシコのソースという意味になるとベロニカさんが教えてくれました。
パーティの後は、ロテリアというメキシコのゲームを遊ぶことになりました。小笠原先輩がベロニカさんにわたしたちにロテリアをプレイさせるよう頼んだらしく、わたしはいよいよ試練が来たと思って身構えました。しかしルールを聞いてみるとどうも違いそうで、軽く肩透かしをくらいました。
まず、プレイヤーは四×四で十六枚の絵が描かれた台紙を受け取ります。次に親が台紙とは別に用意された山札から絵札を一枚引き、プレイヤーはめくられた絵札と同じ絵の上にコインや小物を乗せてマーキングをします。そして一列マーキングが揃ったら「ロテリア!」と宣言をして勝利。一列ではなく外周や内周、十六枚全部のマーキングなどを勝利条件にしても良いそうですが、要は絵を使ったビンゴです。あまりにも運要素が強すぎて、人を試すのに相応しいとは思えません。
「どうして小笠原は、これを私たちにやらせたいんでしょうか」
ひとしきりルールを聞き、長野先輩がベロニカさんに問いかけました。わたしの代わりに探りを入れてくれているのでしょう。しかしベロニカさんは「さあ」と肩をすくめます。
「小さい頃、嫌がる弟くんを無理やり巻き込んでやらせるぐらい好きだったから、あなたたちにも体験して貰いたいんじゃないかしら」
「俊樹くんは苦手だったんですね」
「運で決まっちゃうからね。何が面白いのか分からなかったみたい。お兄ちゃんの方が好きだったのもゲームというより詩だし」
「詩?」
「親が絵札を場に出す時に詩を詠むの。絶対ではないけどね。私は小さい頃に覚えた詩が好きだから詠むことにしてる」
ベロニカさんが山から絵札を一枚引きました。そしてわたしたちに札の裏を向けながら、大きな唇を開きます。
「Cotorro, cotorro, saca la pata y empiezame a platicar」
ベロニカさんが、絵札を表にしてテーブルの中央に置きました。
絵札にはオウムが書かれていました。きっと詩もオウムに関係のあるものなのでしょう。意味は分かりませんし、音も雰囲気でしか聞き取れません。だけどベロニカさんの声は鳥の囀りのように澄んでいて、とてもぴったりだと思いました。小笠原先輩は好きだろうな。何も分からないのに、それだけははっきりと分かります。
わたしの台紙にはオウムの絵があったので、その上に一円玉を置きました。次に引かれたのは悪魔の絵で、ベロニカさんはおどろおどろしい雰囲気を作って詩を詠んでいました。サソリ、太陽、サボテン。次から次へと絵札がめくれ、みんなの台紙にマーキングが乗っていきます。
「ロテリア!」
勝利宣言がリビングに響きました。声を上げたのは、わたしです。ベロニカさんがテーブルに頬杖をついて柔らかく笑います。
「おめでとう」
「運が良かったです」
「ご褒美に、あの子のことを何か一つ答えてあげる。どんなセンシティブな質問でもいいから、なんでも聞いて」
小笠原先輩のことを、何か一つ。
いきなり突きつけられた話を上手く噛み砕けず、わたしの頭の中がパニックになります。小笠原先輩について知りたいこと。何があるでしょう。何が――
「――別に、いいです」
ベロニカさんがまぶたを上げました。大きなブラウンの瞳がわたしを捉えます。
「いいの?」
「はい。小笠原先輩が生きているなら何か聞いたかもしれませんけど、今は遺品のパソコンの中を勝手に覗いているみたいで、イヤだなって思っちゃって」
ベロニカさんがふむと小さく頷きました。そして手元に置いてあるメキシコビールの瓶を掴んで口をつけます。ライムを入れた瓶から直接ラッパ飲みがメキシコビールの飲み方――なのは日本の話で、メキシコではグラスに注いだ上で塩やライムを加えて飲むそうです。わたしはまず日本の飲み方を知りませんでしたが、船井先輩がタコスパーティ中に通ぶって訂正されて恥ずかしそうにしていました。
「じゃあ、次のイベントに移りましょうか」
ベロニカさんが意味深な笑いを浮かべました。試練の始まる気配を感じ、わたしの背筋に緊張が走ります。
右の親指を立て、ベロニカさんが海の方を示しました。
「花火しましょう」
