電車を降りて駅のロータリーに出る頃には、時刻は午後五時を回っていました。

 小笠原先輩の実家で遺書を受け取って、小池さんのラーメン屋でジャンボラーメンを食べて、髙崎さんのゲームセンターで音ゲーをプレイして、長久保さんの家で将棋を打った割には早いのかもしれませんが、それでも日は落ちかけています。都会を離れた海に近い駅の小さなロータリーで、人気はなく車もタクシーが一台停まっているだけなのも寂しさを煽ります。一日が終わる。それを意識してしまいます。

「やっぱり、別の日に改めて来れば良かったでしょうか」

 不安げに呟きます。すさかず長野先輩と船井先輩が、二人がかりでわたしの不安を払拭してくれました。

「今日でいいでしょ。あそこで止めるのもなんか気持ち悪いし」
「そうそう。どうせ止めたら止めたで気になってしょうがねえんだから、早めに片づけちまった方がいいって」

 確かに、それはそうです。聞かされた試練の内容から言っても朝や昼から出向く必要はありませんし、何なら日を改めたところで似たような時間に来る可能性は大いにあります。結局は、単にわたしの心の準備ができていないだけで、そしてそれは時間をかければ解決するようなものでもありません。流れに任せて一気に来てしまったのはむしろ正解とも言えるでしょう。

「あれかな?」

 安木先輩が、ロータリーに侵入するナイトブルーカラーの車を指さしました。その予感通り、車がわたしたちの目の前で止まります。中にいるのは運転手一人で、座っているのは左前方のシート。つまり左ハンドルです。

 運転席の窓が下り、女性が顔を出しました。色素の薄い白い肌に、ウェーブのかかった黒髪に、彫りの深い目鼻立ちに、艶やかで大きな唇。やはりパッと見て分かる程度にはモンゴロイドと人種が違い、そしてパッと見て分かる程度には美人です。おそらく四十は越えているはずで、確かに若々しさはそんなに感じませんが、その分わたしではどう頑張っても出せなさそうな色気が溢れています。

「お待たせ。乗ってちょうだい」

 女性が顎で後部座席を示しました。早速、船井先輩がドアを開けて奥に入り、安木先輩と長野先輩が後に続きます。余ったわたしは車道側から助手席に座りました。シートベルトをするわたしの背後で、船井先輩が声を弾ませます。

「BMWに乗れるの、テンション上がりますね」
「そんな大したものじゃないわよ。リラックスして」

 女性がバックミラー越しにスマイルを後部座席に送り、そのままわたしに話しかけて来ました。

「電話、スペイン語で受けてごめんなさいね。最近は変な営業の電話が多くて、ああするとすぐに切ってくれるから楽なの」
「いいですよ。挨拶だけでしたから」
「でもだいぶ混乱させたみたいだから。いきなりWho are you? はちょっとびっくりしたわ。こっちの台詞だって思っちゃった」
「……How are you? とか、How do you do? とか、色々混ざっちゃって」
「とりあえずHelloじゃない?」
 女性がくすくすと笑いました。そして開いた右手をふくよかな胸の上に乗せ、よく通る声を車内に響かせます。
「じゃあ改めて。私はVerónica(ベロニカ)Guadalupe(グアダルーペ)López(ロペス)García(ガルシア)。ベロニカって呼んで。あの子もそう呼んでいたから」
「あの子って、小笠原先輩ですか」
「Sí」

 ベロニカさんが首を縦に振りました。そして前を向き、車を発進させます。

「あなたたちのことはあの子からよく聞いているわ。もてなしてくれって言われてるから、存分にもてなされてちょうだい」
「あの、電話でも聞きましたけど、本当にそれでいいんですか?」
「本当にそれでいいの」

 車がロータリーを出ました。ベロニカさんがアクセルを踏み込み、加速による慣性で背中がシートに押し付けられます。

「最後の試練は、私の家で一泊することよ」