一週間もある。甘かったです。一週間しかないが正解でした。

 答え合わせの前日、金曜日になっても、わたしの頭の中の回答用紙には『警察に通報する』が書いてありました。他に思いつかないのです。というより思いついても『会場を爆破する』とかだから、これはダメだよねと却下してしまいます。なんとなく小笠原先輩は、そういう怪我人が出る方法は選んでくれない気がします。

 金曜はサークルの活動日です。行きつけのビリヤード場でワイワイ球を撞く日。わたしは長野先輩と同じ台で撞いていました。小笠原先輩は「花台」と呼ばれる一番出入り口に近い台で、OBの一番上手な方と撞いていました。

 小笠原先輩はとてもビリヤードが上手いです。カコンと気持ちのいい音を立てて、吸い込まれるように玉が穴に入っていきます。そしてわたしは下手くそです。ビリヤードは体軸がぶれないことが重要なのでふにゃふにゃだと弱いのです。こんなところにも、わたしと小笠原先輩の人間力の差が出ています。

 ゲーム合間、長野先輩が「ちょっと休憩」と台の近くの長椅子に腰かけました。わたしは横に座り、我慢できずに問い尋ねます。

「マイさん、明日のやつ、決まりました?」
「うん、決まってるよ」

 ですよね。明日ですもんね。わたしは軽く溜息を吐きました。

「決まってないの?」
「はい。というより、しっくりこなくて」
「何でもいいじゃん。小笠原、別に怒らないよ。つーか、あいつはあいつで考えてるみたいだから、よっぽどの意見が出ない限り自分の通すでしょ」

 そのよっぽどの意見を出したいのです。小笠原先輩が「いいねー、それ、俺のよりいいわ。採用」と言ってくれる作戦を考えたい。

「小笠原先輩って、どういう作戦が好みなんでしょう」
「さあ。聞いてみたら?」

 聞く。そうか、その手があったか。目から鱗です。

 わたしはチラリと小笠原先輩を見やりました。OBの方と楽しそうに話していて、なかなか入り込める雰囲気ではありません。しかもあの人たちが小笠原先輩の余命のことを知っているかどうかも分かりません。小笠原先輩のことだから、さらっと話しているかもしれないけれど、そこに賭けるのは少し危険です。

 後で話をする約束を取り付けよう。わたしはそう決めました。作戦のこと以外にも聞きたいことはいっぱいあります。ちょうどいい機会です。

 わたしは花台まで行きました。そしてOBの方が撞いている傍ら、椅子に座って自分の手番を待っている小笠原先輩に話しかけます。

「小笠原先輩」
「なに?」
「今日の夜、空いてませんか? 二人きりでお話がしたいんですけど」

 OBの方が、勢いよくこちらを向きました。

 一年生の女子が三年生の男子を誘い出そうとしている状況に、わたしはその時になって初めて気づきました。そして気づいた瞬間、頭の中が真っ白になりました。なんとかしないと。焦って考えれば考えるほど、言葉は出てこなくなります。

 小笠原先輩はいつも通りへらへら笑いながら、あっさり言い放ちました。

「えー、今日はオールするから無理ー」

 わたしのサークルでオールとは、店にオールナイト料金を払って一晩中ビリヤードをする行為を指します。つまりわたしの誘惑は、ビリヤードに負けました。

 ちょっと、イラッと来ました。

 別に誘惑しようと思っていたわけではないけれど、結果的にそうなったのだから少しは動揺してもいいと思います。しかし見事に瞬殺です。せめて頭に「申し訳ないけど」ぐらいはつけて欲しい。腹が立ちます。

 そんな自分勝手な反骨心が、わたしから次の言葉を引き出しました。

「じゃあ、わたしもオールします」