目が覚めて、わたしはまず靄のかかった頭で現状を整理しました。

 喪服を着て、マンションのベッドで眠っていた。そこまでを認識して、次にどうしてそうなったのかを思い出そうとします。小笠原先輩のお葬式に出て、帰りにマンションに寄って、一人でお鍋を作って泣きながら食べて、泣き疲れてソファの上で眠った。その流れを思い出して、あれとおかしなことに気づきます。どうして寝室に移動しているのでしょう。分かりません。

 ベッドを出て、寝室からリビングに移動します。リビングに入ってすぐ、わたしはだいたいの事態を把握しました。ソファで横になっている長野先輩。床のカーペットの上に寝転がっている船井先輩と安木先輩。三人とも喪服ではなく、私服です。

「……ん」

 長野先輩が起きました。ソファの上で大きく伸びをしてから、わたしに話しかけてきます。

「おはよう」
「……おはようございます」
「どういう状況か分かる?」
「わたしが帰ってこないことを心配したお父さんかお母さんが、小笠原先輩のお父さんに連絡して、捜索が始まって、みんながここにいるわたしを見つけたって感じでしょうか」
「ほぼ正解。でも温度感は違うかな。私たちに連絡をくれたのは俊樹くんだから又聞きにはなるんだけど、お父さんお母さんは心配したとかいうレベルじゃなくて、後を追ったんじゃないかって大騒ぎだったらしいよ。帰ったらちゃんと謝って」

 わたしは「はい」と頷きました。長野先輩が並びの良い歯を見せて笑います。

「とりあえずこれ、片付けちゃうおうか」

 長野先輩がテーブルに置いてあるお鍋を見やりました。よく見ると周りにお皿が増えていて、お酒の空き缶も大量に乗っています。先輩たちが鍋パーティをしたのでしょう。お鍋には買った記憶のないシイタケも浮かんでいるので、どうやら具材まで追加したようです。大騒ぎになったと言いながら結構楽しんでいることに、やや腑に落ちないものを感じます。

 後片付けを始めてすぐ、安木先輩が目を覚ましました。「大丈夫?」「大丈夫です」。それだけの言葉を交わして後片付けに加わります。そして最後に船井先輩が起き、ふわあと豪快なあくびをしてから、洗い物するわたしに話しかけてきました。

「おはよ。昨日はよく眠れた?」
「そこそこです」
「喪服はクリーニングに出した方がいいよ。ベッドに運ぶぐらいはやらせて貰ったけど、着替えさせるのはさすがに無理だったわ」
「いいですよ。朝起きてパジャマだったら逆になんかイヤですし」
「だよね。ところで、なんでいきなり一人鍋なの? 意味不明なんだけど」
「ええっと……」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉への対応に戸惑います。洗い終わった食器を拭いていた安木先輩が手を止めて、話に割って入ってきました。

「船井くん、コンビニでホットコーヒー四人分買ってきて」
「え?」
「船井くんは発言が危ういから、とりあえずこの場を離れてもらいたい。でも何の役割も与えないのもそれはそれで居心地が悪い。だったら、買い出しにでも行ってもらおうかなと思って」

 お前はデリカシーがないから去れ。そういう言葉を安木先輩特有の遠回しな言い方で――あるいは、直接そう言われるより抉るように――伝えられ、船井先輩がぽかんと呆けました。食器を棚にしまっていた長野先輩が口を挟みます。

「私はカフェオレでお願い」
「……わーったよ」

 船井先輩が口を尖らせ、キッチンスペースを離れようとしました。わたしは慌てて声をかけます。

「船井先輩、ちょっと待ってください」
「なに? コーヒーじゃないやつがいい?」
「コーヒーでいいです。そうじゃなくて、わたしをベッドに運んだのは船井先輩なんですよね?」
「そうだよ」
「ベッドにわたしを寝かせた後、頭を撫でませんでした? あの時のわたし、半分寝ながら半分起きてる感じで、なんか撫でられた気がしたんですけど」

 船井先輩がぎょっと目を剥きました。逆に長野先輩は、まぶたを軽く閉じてじっとりとした視線を船井先輩に送ります。

「そんなことしたの?」
「してねえよ! するわけねえだろ!」
「本当に? やってたらマジでドン引きなんだけど」
「運ぶ時だって変なとこ触らないように気をつけてたっつーの!」

 船井先輩が助けを求めるようにわたしを見やります。わたしは、笑いました。

「なら、良かったです」

 洗い物に戻ります。船井先輩と長野先輩が言い争いを続ける声を聞きながら、洗剤をつけたスポンジでお皿を撫でます。久しぶりに、本当に久しぶりに、心の底から笑えた気がしました。