「で、また凶だったんだ」

 ベッドの上で小笠原先輩が含み笑いを浮かべます。オチが分かっていても笑えるのでしょう。わたしも笑いながら期待通りの答えを返します。

「はい。写真撮りましたけど、見ますか?」
「見せてー」

 小笠原先輩がわたしの方に顔を寄せて来ました。わたしは凶のおみくじを二枚撮って並べた写真をスマホに映し、小笠原先輩に見せます。小笠原先輩が声を上げて笑い出し、病室がにわかに明るい雰囲気で満ちました。

「待ち人『来ず』二連発いいね。どんだけ来ないの」
「それ、わたしたちの間でも話題になったんですけど、今年は就職活動なので内定通知が来ないんじゃないかって話になりました」
「笑えねー」

 笑えないと言いながら、小笠原先輩がまた盛大な笑い声を上げました。何にせよ楽しそうで良かったです。凶を二連発で引いてくれてありがとうございますと、わたしは心の中で船井先輩に感謝の意を示します。

「さすがにもう一回は試さなかったんだ」
「はい。次は洒落にならない気がするって言ってました。小笠原先輩も去年、三回目は引かなかったんですよね?」
「だってなんか二回も凶引いちゃうと、一回いいの引いたぐらいじゃ挽回できなさそうじゃん。でもあと二回引くのはめんどくさいから止めた」

 小笠原先輩が背中をベッドに沈めました。枕に頭を乗せて、小笠原先輩が天井を見つめながらポツリと呟きをこぼします。

「神社ってさ、仏教だよね」

 意味が分かりません。とはいえ、小笠原先輩がいきなり意味不明なことを言い出すのはいつも通りです。わたしは淡々と答えます。

「そうですね」
「仏教の地獄がエグイの知ってる?」
「そうなんですか?」
「めっちゃたくさんあって、一ステージの難易度もやりすぎ。しかも簡単に地獄に送られるんだよね。蚊を潰したらアウトとか、そのレベル」
「蚊も?」
「そう。でもそれは俺も疑ってるけどね。さすがにもっと条件あるでしょ」
「死後の世界の存在は疑わないんですか?」
「それ疑ったらつまんないじゃん」

 小笠原先輩がふわあと一つ欠伸をして、うっすらと涙を目に浮かべました。

「この前、俺は死んだら天国に行くのか地獄に行くのか考えてさ」

 急に重たい話が始まりました。そんな話でも小笠原先輩は、へらへらと笑いながら語っています。

「俺、天国に行けるような良いことはしてないけど、地獄に行くほど悪いこともしてないんだよね。だから天国と地獄の中間に行くと思うの。中国。でさ『蜘蛛の糸』って話あるでしょ。天国から地獄に救いの糸を垂らすやつ。あの糸、天国から地獄に垂れてるってことは、中国も通ってるわけじゃん」

 小笠原先輩がひとさし指を天井に向けました。そして空中に見えない線を引くように、指先をつうと自分の胸に落とします。

「そうなったら俺は、中国に不満はなくても『なんか垂れて来た!』と思って糸を登っちゃうと思うんだよね。そしたらさ、あの糸、切れるでしょ。糸につかまってた人たちはみんな地獄に行っちゃうでしょ。中国にいた俺も勢い余って地獄まで行っちゃうでしょ」

 寝転がったまま首を曲げて、小笠原先輩がわたしの方を向きました。ガリガリに痩せた頬にしわが寄ります。

「たぶん俺って、そういうやつ」

 そうですね、とは言えませんでした。だけど天国にも地獄にも行かないで欲しいとも言えません。「覚悟しない覚悟」はわたしのもの。小笠原先輩に押し付けたくはありません。

「せめて、中国には居続けて下さいよ」

 小笠原先輩が悪戯っぽく唇を吊り上げました。そしてまた天井を仰ぎ、遠い目をして口を開きます。 

「ねえ、買ってきて欲しいものがあるんだけど、いい?」
「なんですか?」
「一緒に映画を観に行った漫画あるじゃん。あれの最新刊が今日発売だから、本屋まで行って買ってきてくれないかな」
「いいですよ。分かりました」

 わたしは椅子から立ち上がり、ラックの上のハンドバックを手に取りました。小笠原先輩がわたしに向かって笑います。

謝謝(シェイシェイ)

 わたしは小笠原先輩に笑い返しました。そして「行ってきます」と言い残して病室を出ます。スマホで近くの本屋を調べると、どうも本屋は駅まで戻らないとないらしく、わたしは病院の売店で温かいコーヒーを買ってから外に出ることにしました。