新年を迎えても、小笠原先輩はまだ退院していませんでした。

 元旦は、船井先輩、長野先輩、安木先輩と初詣に行きました。訪れた神社は混んでいて、参拝の列に並んでからお参りをするまで一時間近くかかりました。「これだけ待ったんだから御利益あるだろ」。そう呟く船井先輩の言葉を信じ、わたしは奮発して財布から五百円玉をお賽銭箱に投げました。そして柏手を打って目を閉じ、ただ一つのことを願い続けます。

 小笠原先輩が退院しますように。小笠原先輩が退院しますように。小笠原先輩が退院しますように。小笠原先輩が退院しますように。小笠原先輩が――

「行くよー」

 長野先輩に声をかけられ、わたしはまぶたを上げました。いつの間にか離れていたみんなに合流し、ぞろぞろと連れ立って歩きます。寒さから首をすくめてマフラーに顎を沈めるわたしの前で、船井先輩と長野先輩が神社の社務所を見ながら会話を始めました。

「ねえ、何か賭けておみくじ勝負しない?」
「いいけど、何賭けるんだよ」
「スタバ」
「分かった。安木も参加な」

 船井先輩に話を振られた安木先輩が、ちょっと不機嫌そうに眉根を寄せました。しかし反論はせず、わたしの方を向いて口を開きます。

「やる?」
「じゃあ、やります」

 流れで話に乗っかり、みんなでおみくじを引くことになりました。社務所の巫女さんに百円を払って六角柱の箱を振り、出て来た棒に書いてある番号の棚から折り畳まれた紙を取り出します。全員で集まって引いたおみくじの紙を開くと、船井先輩が顔をしかめて「げ」と呟き、その呟きをすさかず長野先輩が拾いました。

「船井、どうだった?」
「……お前は?」
「中吉。まあ良い方でしょ」

 長野先輩がおみくじをみんなに見せつけました。そして分かりやすく怯んだ船井先輩への追撃はあえてせず、安木先輩に話を振ります。

「安木はどうだった?」
「吉」

 安木先輩が縦長のおみくじを掲げました。一縷の望みを託してこちらを見つめている船井先輩の視線を感じながら、わたしはおずおずと自分のおみくじをみんなに向かって広げます。

「大吉です」
「おー、すごーい」

 長野先輩が手袋をした両手を叩き合わせ、船井先輩を見やりました。船井先輩が盛大に白い息を吐き、投げやりに自分のおみくじを掲げます。

「凶だよ」
「あちゃー、ドンマイ」
「ありえないわ。もう一回引く」
「止めとけば。去年の小笠原みたいになるよ」
「去年、何かあったんですか?」

 気になる言葉が耳に入り、わたしは口を挟みました。長野先輩がしまったという感じで目を泳がせます。そして船井先輩に視線で救いを求め、船井先輩は要請に応えて億劫そうに話し始めます。

「去年、小笠原も凶を引いたんだよ。そんでありえねーって言って、もう一回おみくじ引いて、また凶だったの」

 ――ああ、そういうことか。話を聞いて、船井先輩と長野先輩が気まずそうにしていた意味が分かりました。その二連続の凶が今に繋がっていると意識してしまったのでしょう。そしてわたしにも意識させてしまうと思った。

「まあ、でも俺は引かねえから。見てろよ」
「あ、待ってください。わたしも引きます」

 声をかけます。船井先輩がきょとんとわたしを見やりました。

「大吉だったなら別に良くない?」
「でも小笠原先輩は二連続で凶を引いちゃったんですよね。じゃあわたしも二連続で大吉を引かないと相殺できないじゃないですか」

 船井先輩が固まりました。わたしはにこりと笑ってみせます。

「思いついたことはやっておきたいんです。後悔したくないので」

 やれることはやる。小笠原先輩を見て学んだことを口にします。船井先輩が観念したように肩をすくめました。

「じゃ、行こうか」
「はい」

 二人でまた社所に行き、さっきと同じようにおみくじを引きます。折りたたまれた紙を持って長野先輩と安木先輩のところに戻ると、安木先輩が「開けてみなよ」と声をかけてきました。安木先輩なりに背中を押してくれたのかもしれません。

 ゆっくりとおみくじを開きます。大吉じゃなかったらどうしよう。凶だったらどうしよう。悪い予感で指が震え、紙を落としてしまいそうになります。

「あ」

 おみくじが完全に開き、わたしは思わず声を漏らしてしまいました。船井先輩たちがわたしの手元を覗き込みます。
 冬の乾いた空気を、船井先輩の大声がビリビリと揺らしました。

「おおおおおお!」

 大吉。わたしはほっと胸を撫でおろしました。長野先輩が「船井、うるさい」と言い捨てて、わたしの背中にポンと手を乗せます。

「やるじゃん」
「やりました」
「小笠原、退院できるといいね」
「できますよ」

 わたしは断言しました。長野先輩がグロスで光る唇を小さく歪めます。そしてわたしの背中から離した手をコートのポケットに入れて、船井先輩に声をかけました。

「船井はどうだったの?」
「これから開ける。見とけよー」

 みんなに見えるように、船井先輩がおみくじを開き始めます。縦長のおみくじが横向きに開かれ、文字が記号のようにわたしの目に飛び込んできました。わたしたち全員の視線が船井先輩の右の指近く、おみくじの頭の部分に集まります。

 船井先輩が、さっきのわたしと同じ呟きを漏らしました。

「あ」