一時間ぐらい話した後、わたしたちは小笠原先輩の病室を後にしました。
俊樹くんと小笠原先輩のお父さんも一緒に病室を出て、ロビーまで見送ってくれました。ロビーで向き合ったお父さんに「今日はありがとうございました」と頭を下げると、お父さんも「こちらこそ、ありがとう」と頭を下げ返してくれました。そしてわたしたち全員をざっと見渡して、苦しそうな表情で口を開きました。
「君たちには言っておくが」重たい声。「あの子の容態はかなり芳しくない」
お父さんの隣で、俊樹くんが顔を伏せました。わたしや船井先輩たちも視線を床に向けます。だけど驚きはしません。察していたからです。
「正直な話、いつどうなるか分からない。覚悟だけはしておいてくれ」
「……はい」
もう下を向いている首を、さらに下に向けて頷きます。お父さんが「では」と言い残し、病院の奥に向かって歩き出しました。俊樹くんも軽く頭を下げてからお父さんの後を追いかけます。
「……帰るか」
船井先輩がぼそりと呟きました。わたしたちは誰からともなく歩き出し、病院の外に出ます。来た時よりも風を冷たく感じるのは、単純に昼間より気温が下がったからでしょうか。首をすくめて寒さに耐えます。
最寄り駅まで徒歩十分。道路脇の歩道を歩きながら、船井先輩が遠い目をして空を見上げました。
「余命半年って、適当な目安みたいなもんだと思ってたよ」
小笠原先輩が病気を明かしたのが六月。今は十一月の下旬。確かに、だいたい半年ぐらいです。
「当たることもあるってだけで、基本は適当な目安でしょ」長野先輩が答えます。「それに……まだ当たるかどうか分からないし」
長野先輩は前を向き、船井先輩は天を仰いでいます。視線は全くかみ合っていません。そしてわたしは俯き、アスファルトに声を落とします。
「覚悟をするって、どういうことなんでしょう」
近く道路を、車がすごい速度で駆け抜けました。
「わたしたち、余命のことは知っていたじゃないですか。でもそれだけじゃダメなんですよね。じゃあ覚悟って、何をすればいいんでしょう」
話しながら歩いていると、自然と歩みが遅くなります。前に進むのを恐れているような雰囲気の中、安木先輩がわたしの方を向きました。
「同棲してるマンションに追加で置きたいもの、何かある?」
いつものおかしな話の入り方。わたしは少し考えてから答えます。
「冬の備えをしたいと思ってます。冬服とか、ホットカーペットとか」
「置くの?」
「分かりません。まず小笠原先輩がどうなるか分かりませんし……」
「それ」
「それ?」
「小笠原がどうなるか分からない。だからマンションに置きたいものがあるけど置かない。そういう風に、あいつがいなくなる未来を想定して動くことが、この場合の覚悟だと思う」
覚悟とは、いなくなる未来を想定して動くこと。つまり――
「じゃあわたしは、もう覚悟できてるってことですか?」
「できてるというか、しちゃうんじゃないかな。そういう未来を現実的なものとして捉えたら、意識しなくても勝手にそういう風に動く」
強めの風が吹きました。わたしは目を細めますが、眼鏡をしている安木先輩は変わりません。眉一つ動かさず、淡々と言い放ちます。
「覚悟なんて、ただの結果だよ。難しいことじゃない」
安木先輩が口を閉じました。沈黙が生まれ、さっきとは逆にみんなの歩く速度が上がります。それから駅に着くまでずっと、わたしたちの誰一人として、何かを喋ることはありませんでした。
俊樹くんと小笠原先輩のお父さんも一緒に病室を出て、ロビーまで見送ってくれました。ロビーで向き合ったお父さんに「今日はありがとうございました」と頭を下げると、お父さんも「こちらこそ、ありがとう」と頭を下げ返してくれました。そしてわたしたち全員をざっと見渡して、苦しそうな表情で口を開きました。
「君たちには言っておくが」重たい声。「あの子の容態はかなり芳しくない」
お父さんの隣で、俊樹くんが顔を伏せました。わたしや船井先輩たちも視線を床に向けます。だけど驚きはしません。察していたからです。
「正直な話、いつどうなるか分からない。覚悟だけはしておいてくれ」
「……はい」
もう下を向いている首を、さらに下に向けて頷きます。お父さんが「では」と言い残し、病院の奥に向かって歩き出しました。俊樹くんも軽く頭を下げてからお父さんの後を追いかけます。
「……帰るか」
船井先輩がぼそりと呟きました。わたしたちは誰からともなく歩き出し、病院の外に出ます。来た時よりも風を冷たく感じるのは、単純に昼間より気温が下がったからでしょうか。首をすくめて寒さに耐えます。
最寄り駅まで徒歩十分。道路脇の歩道を歩きながら、船井先輩が遠い目をして空を見上げました。
「余命半年って、適当な目安みたいなもんだと思ってたよ」
小笠原先輩が病気を明かしたのが六月。今は十一月の下旬。確かに、だいたい半年ぐらいです。
「当たることもあるってだけで、基本は適当な目安でしょ」長野先輩が答えます。「それに……まだ当たるかどうか分からないし」
長野先輩は前を向き、船井先輩は天を仰いでいます。視線は全くかみ合っていません。そしてわたしは俯き、アスファルトに声を落とします。
「覚悟をするって、どういうことなんでしょう」
近く道路を、車がすごい速度で駆け抜けました。
「わたしたち、余命のことは知っていたじゃないですか。でもそれだけじゃダメなんですよね。じゃあ覚悟って、何をすればいいんでしょう」
話しながら歩いていると、自然と歩みが遅くなります。前に進むのを恐れているような雰囲気の中、安木先輩がわたしの方を向きました。
「同棲してるマンションに追加で置きたいもの、何かある?」
いつものおかしな話の入り方。わたしは少し考えてから答えます。
「冬の備えをしたいと思ってます。冬服とか、ホットカーペットとか」
「置くの?」
「分かりません。まず小笠原先輩がどうなるか分かりませんし……」
「それ」
「それ?」
「小笠原がどうなるか分からない。だからマンションに置きたいものがあるけど置かない。そういう風に、あいつがいなくなる未来を想定して動くことが、この場合の覚悟だと思う」
覚悟とは、いなくなる未来を想定して動くこと。つまり――
「じゃあわたしは、もう覚悟できてるってことですか?」
「できてるというか、しちゃうんじゃないかな。そういう未来を現実的なものとして捉えたら、意識しなくても勝手にそういう風に動く」
強めの風が吹きました。わたしは目を細めますが、眼鏡をしている安木先輩は変わりません。眉一つ動かさず、淡々と言い放ちます。
「覚悟なんて、ただの結果だよ。難しいことじゃない」
安木先輩が口を閉じました。沈黙が生まれ、さっきとは逆にみんなの歩く速度が上がります。それから駅に着くまでずっと、わたしたちの誰一人として、何かを喋ることはありませんでした。