その日は金曜日で、晴れていました。
冷たく乾いた風が吹いていて、わたしはニットのカーディガンの袖口に手を隠しながら、いよいよ秋が去って冬が来たことを実感していました。今夜食べるものを考えつつ、大学帰りに小笠原先輩と同棲しているマンションに向かいます。今日は三日続く同棲期間の一日目。一日目はいつも外食ですが、明日はお鍋をつついてもいいかもしれないと、少し先の計画を立てて楽しくなります。
マンションに着きました。部屋のすぐ傍でロングコートとマフラーを身に着けた男性とすれ違い、わたしも本格的に冬服を用意しないとなあとぼんやり思います。実家に置いてある冬物を思い出して、どれをどうやって持ってくるか考えながら手なりでドアノブを回します。
ガチャ。
ノブが回らず、考えていたことが一気に吹き飛びました。小笠原先輩は自分がいる時は鍵をかけないので、鍵が閉まっているということは小笠原先輩がいないということです。休日に早くから出向く時ならともかく、大学帰りにマンションに行って小笠原先輩が待っていなかったことは、今まで数えるほどしかありません。
財布から鍵を取り出して、玄関のドアを開けます。ブーツを脱いでリビングに入っても小笠原先輩はいませんでした。寝室も覗いてみますがやはりいません。
今まで小笠原先輩がいなかった時は、全て散歩に出かけていました。とりあえず待ってみようとソファに座ってテレビを観ますが、三十分経っても小笠原先輩は現れません。無意味に部屋をうろついたり、結局「サボ太郎」という名前がついたゴールデン・バニーの鉢植えを手入れしてみたりして、気持ちを落ち着かせます。
外が暗くなってきました。ここまで来ると現れないのはさておき、連絡がないのはおかしいです。スマホを手に取ってLINEを開き、小笠原先輩にメッセージを送ります。
『何時ごろ来ますか?』
スマホを見つめ、既読の表示がつくのを待ちます。しかし一向につきません。三十分待って何もなかったら今度は電話しよう。そう考えて、インスタントコーヒーを飲むために電気ケトルでお湯を沸かします。
コーヒーカップの準備をしている最中、ローテーブルに置いたスマホが小刻みに震え出しました。わたしは作業の手を止めてスマホを掴みます。そしてディスプレイに映る名前を見て、強く眉をひそめました。
『小笠原俊樹』
通話を繋ぐと、すぐに「俊樹です」という声が聞こえました。得体の知れない不安に襲われ、心臓の鼓動が早まっていきます。
「どうしたの?」
「……今日が同棲の日だって気づかなくて、連絡遅れました。すいません」
そんなことは聞いていません。何が起こったのかを聞いているのです。早く答えて欲しい。
「お兄ちゃんに何かあった?」
数秒間、沈黙がありました。早く、早く。逸る気持ちを抑えきれなくなりそうなわたしの耳に、俊樹くんの暗い声が届きます。
「倒れました」
カチャ。電気ケトルのお湯が沸き、スイッチが勝手に切り替わりました。
「今は入院しています。しばらく退院できそうにないです。そのうち兄貴からも連絡があると思いますが、この後に病院の名前をLINEするので、時間がある時にお見舞いに来てください」
「大丈夫なの?」
「分かりません」
すぐに返事が来ました。こう聞かれたらこう答えようと決めていた早さです。
「本当に分からないんです。今は状況だけ知っておいて下さい」
「……分かった。俊樹くんも無理しないでね」
「はい。ありがとうございます。では」
通話が切れました。わたしはスマホを持ったまま、ソファに座ってしばらくぼうっとします。そして体感では数秒、実際は数分経ってから立ち上がり、電気ケトルのお湯でコーヒーを淹れて飲みました。
冷たく乾いた風が吹いていて、わたしはニットのカーディガンの袖口に手を隠しながら、いよいよ秋が去って冬が来たことを実感していました。今夜食べるものを考えつつ、大学帰りに小笠原先輩と同棲しているマンションに向かいます。今日は三日続く同棲期間の一日目。一日目はいつも外食ですが、明日はお鍋をつついてもいいかもしれないと、少し先の計画を立てて楽しくなります。
マンションに着きました。部屋のすぐ傍でロングコートとマフラーを身に着けた男性とすれ違い、わたしも本格的に冬服を用意しないとなあとぼんやり思います。実家に置いてある冬物を思い出して、どれをどうやって持ってくるか考えながら手なりでドアノブを回します。
ガチャ。
ノブが回らず、考えていたことが一気に吹き飛びました。小笠原先輩は自分がいる時は鍵をかけないので、鍵が閉まっているということは小笠原先輩がいないということです。休日に早くから出向く時ならともかく、大学帰りにマンションに行って小笠原先輩が待っていなかったことは、今まで数えるほどしかありません。
財布から鍵を取り出して、玄関のドアを開けます。ブーツを脱いでリビングに入っても小笠原先輩はいませんでした。寝室も覗いてみますがやはりいません。
今まで小笠原先輩がいなかった時は、全て散歩に出かけていました。とりあえず待ってみようとソファに座ってテレビを観ますが、三十分経っても小笠原先輩は現れません。無意味に部屋をうろついたり、結局「サボ太郎」という名前がついたゴールデン・バニーの鉢植えを手入れしてみたりして、気持ちを落ち着かせます。
外が暗くなってきました。ここまで来ると現れないのはさておき、連絡がないのはおかしいです。スマホを手に取ってLINEを開き、小笠原先輩にメッセージを送ります。
『何時ごろ来ますか?』
スマホを見つめ、既読の表示がつくのを待ちます。しかし一向につきません。三十分待って何もなかったら今度は電話しよう。そう考えて、インスタントコーヒーを飲むために電気ケトルでお湯を沸かします。
コーヒーカップの準備をしている最中、ローテーブルに置いたスマホが小刻みに震え出しました。わたしは作業の手を止めてスマホを掴みます。そしてディスプレイに映る名前を見て、強く眉をひそめました。
『小笠原俊樹』
通話を繋ぐと、すぐに「俊樹です」という声が聞こえました。得体の知れない不安に襲われ、心臓の鼓動が早まっていきます。
「どうしたの?」
「……今日が同棲の日だって気づかなくて、連絡遅れました。すいません」
そんなことは聞いていません。何が起こったのかを聞いているのです。早く答えて欲しい。
「お兄ちゃんに何かあった?」
数秒間、沈黙がありました。早く、早く。逸る気持ちを抑えきれなくなりそうなわたしの耳に、俊樹くんの暗い声が届きます。
「倒れました」
カチャ。電気ケトルのお湯が沸き、スイッチが勝手に切り替わりました。
「今は入院しています。しばらく退院できそうにないです。そのうち兄貴からも連絡があると思いますが、この後に病院の名前をLINEするので、時間がある時にお見舞いに来てください」
「大丈夫なの?」
「分かりません」
すぐに返事が来ました。こう聞かれたらこう答えようと決めていた早さです。
「本当に分からないんです。今は状況だけ知っておいて下さい」
「……分かった。俊樹くんも無理しないでね」
「はい。ありがとうございます。では」
通話が切れました。わたしはスマホを持ったまま、ソファに座ってしばらくぼうっとします。そして体感では数秒、実際は数分経ってから立ち上がり、電気ケトルのお湯でコーヒーを淹れて飲みました。