「バイト先の女の子がさー、『DRAGON』のメンバーだったの。それでパーティーで薬盛られてやられちゃったんだって。あのサークルさー、パーティーのことレイブって呼ぶんだけど、『レイブじゃなくてレイプだろ』とか言われてるぐらいヤバいらしいね。警察なにやってんのって感じ。この間も夜中歩いてたら職質受けてさー、なんか近所でひったくりが出てるらしいんだけど、完全に俺のこと犯人扱いなの。俺、超ムカついてさー」

 小笠原先輩はぺらぺらと詳細を話してくれました。ただし話した内容はほとんど自分が受けた職務質問のことでした。そして分かったことは、小笠原先輩の知人女性が『DORAGON』のパーティーで強姦被害にあったことだけでした。

 わたしたちは再び、小笠原先輩を質問攻めにしようとしました。だけど小笠原先輩が「直接聞いた方が良くない?」といきなり電話を始めて、それは中断されました。

「あー、うん、俺。あのさー、こないだ話したサークル潰しの件なんだけど。え、超本気だよ。当たり前じゃん。余命半年なんだからやりたいことをやんないと。それで話戻すけど、仲間をゲットしたのね。で、仲間に説明して欲しいんだけど――」

 小笠原先輩はしばらく話をした後、あっさりわたしたちに告げました。

「明日、会って話してくれるって」

 頼んでいません。そして小笠原先輩は話を大きくするだけ大きくして、何事も無かったかのように自分が観たかったアニメ映画の配信を見始めました。映画はとても面白くて何だか悔しかったです。つまらなければ文句の一つも言えたのに。

 その日はそのまま、船井先輩の部屋にみんな宿泊。そして翌日、わたしたちは小笠原先輩が待ち合わせ場所にした喫茶店に向かいました。

 店に入る前、小笠原先輩は「船井君と安木君とマイは相席しないで近くで聞いて」と指示を出しました。わたしは首を傾げて尋ねます。

「わたしはいいんですか?」
「うん。いーよ」

 どうしてですかと聞く前に、小笠原先輩は店に入ってしまいました。店にいた待ち合わせの女性――名前は吉永さんと聞いていたその人は、金に近い長めの茶髪にパーマをかけていて、ちょっと派手な感じの人でした。

「この子がそうなの?」

 わたしを見た吉永さんが、小笠原先輩に問いかけました。小笠原先輩は「うん。あと三人いる」と答えて続けます。

「話してあげてよ。お願い」

 吉永さんがポツポツと語りはじめました。新宿のクラブを貸し切ってパーティーをしたこと。お酒を飲んだらまともに歩けないぐらいにフラフラになったこと。そしてそのままホテルに連れて行かれて――そういうことになったこと。話しているうちに、だんだんと声が小さくなっていました。

「警察には行かなかったんですか?」

 わたしの質問に、吉永さんはふるふると首を振りました。

「行ったら、無かったことに出来ない気がして」

 警察に行かなくたって、あったことを無かったことになんて出来ません。でも、言いたいことは分かります。

「でさー、あいつら、次いつ集まるの?」
「次のレイブなら、二週間後にあるみたいだけど……」
「そっか。じゃあ、そこだなー」

 二週間後。わたしは声を上げました。

「そんな早くは無理ですよ!」
「えー、だって余命考えたら、これ逃したら次のチャンスないかもじゃん」

 お金が足りないぐらいの感じで、命が足りないと言う小笠原先輩。わたしは黙りました。そんなわたしに吉永さんが声をかけます。

「私は本当に忘れるからいいの。無理はしないで」

 サークル潰しは吉永さんが頼んだわけではない。小笠原先輩が勝手にやろうとしているだけ。ということは――止まりません。

「小笠原先輩が、やりたいらしいので」

 わたしは小笠原先輩をチラリと見やりました。吉永さんは諦めたように「そうね」と呟きました。この人、小笠原先輩を分かっているな。そう思いました。

 それから少し話した後、吉永さんはその場を去りました。すぐテーブルに船井先輩たちが合流します。集まってから最初に発言したのは、長野先輩でした。

「どうしてあたしたちは相席しちゃダメだったの?」

 小笠原先輩は、吉永さんが去って行った方を見ながら答えました。

「知らない人が目の前に沢山いると身体が震えるんだって。特に男は絶対にダメ」

 場がシンと静まり返りました。その沈黙を小笠原先輩が破ります。

「とにかく話は聞いたでしょ。二週間後、決行だから」
「決行って、何すんだよ」

 船井先輩が口を尖らせました。常識人な船井先輩らしい、とても普通で正当なツッコミです。そしてやっぱり、常識人ほど小笠原先輩には振り回されます。

「次の土曜まで一週間かけて、それぞれで作戦を考える。後で持ち寄って、その中から俺が選ぶ。それで行こう」
「お前は?」
「もう決めてあるよ。色んな意見聞きたいから、相談禁止でお願いね」

 船井先輩がポカンと口を開けました。気持ちは分かります。一方的過ぎます。

「じゃあ、俺、用事あるから今日はこれで解散ね。パーティーチケットは手に入れとくから安心して。よろしくー」

 小笠原先輩が店の出入口に向かいました。嘘でしょ。そう思ったけど、嘘じゃありませんでした。小笠原先輩は普通に出て行きました。信じられません。

「……大変なことになっちゃいましたね」

 わたしの呟きに、長野先輩が答えました。

「うん……それにしてもあの女の人……巨乳だった」

 全然見ていませんでした。ちなみに長野先輩の胸は本人曰く「ビリヤード用に設計されたコンパクト仕様」になっています。わたしも同じです。

「どうする?」

 船井先輩が安木先輩をじっと見据えます。流されて、わたしと長野先輩も同じことをします。三人分、六つの視線を受けながら、安木先輩はおもむろに口を開きました。

「紙とペンを用意しよう」

 AのためのBのためのC。わたしたちは続きを待って口を閉じます。

「あいつは僕たちそれぞれの僕たちらしい答えを求めている。それなら、最初にパッと思いついた答えが一番近い。とりあえずそれをメモしておこう」

 なるほど。安木先輩はいつもとても深いことを考えています。話す順序がおかしいだけで。

 長野先輩が鞄からメモ帳を取り出して、一枚ずつ千切って配りました。最初に思いついたこと。わたしはさらさらとペンを走らせ、そして紙を四つ折りにします。

「じゃあこの話は、一週間後まで無しね」

 長野先輩の言葉に、全員が頷きました。それからわたしたちは、昨日、小笠原先輩と観たアニメ映画について語り合いました。本当に面白かったのです。悔しいけど。