理由もなく、目が覚めました。

 ベッドボードのスマホを手に取って時間を確認すると、夜中の三時でした。わたしは上体を起こし、隣で眠っているパジャマ姿の小笠原先輩を見下ろします。気持ちよさそうな寝顔を眺めてしばらく和みますが、一向に眠気が戻ってこないので、何かして時間を潰そうとベッドから下りてリビングに向かいます。

 リビングの電気をつけると、テレビ台の上のサボテンが目につきました。指先で棘に触れると緑色の部分がぷるぷると揺れ、不思議なかわいらしさを覚えました。いい買い物をしたかもしれません。

 ふと、ベランダに続くガラス戸が視界に入りました。虫が光に惹かれるように、ふらふらとガラス戸に歩み寄って外に出ます。ベランダの手すりに腕を、その腕の上に顎を乗せて、もうほとんど灯が消えてしまった街をぼんやりと眺めます。

 トントン。

 左肩をつつかれ、わたしはそちらを向きました。しかし左には誰もおらず、右を向くと小笠原先輩がにやりとほくそ笑んでいます。左手を大きく回して右から左肩をつつく。古典的ないたずらです。

「起こしちゃいました?」
「うん。まあ、いいけどね。明日忙しいわけでもないし」

 小笠原先輩がんーっと伸びをしました。ふくらんだ喉仏がいつもより気になるのはなぜでしょう。胸が高鳴ります。

「ごめんね」
「え?」
「俺は自制心がなくて、やりたいことはすぐにやっちゃうから、油断しちゃいけないと思ってたんだ。同棲したいことだって黙っておこうと思ってたのに、言えそうな流れになってポロッと言っちゃうし。だから寝たふりまでして遠ざけてた。でも――」

 月明かりの中で、小笠原先輩が儚げに笑いました。

「自己満だったわ。だから、ごめん」

 謝り慣れていないのか、言い方がどこかぎこちないです。わたしは小笠原先輩に笑い返しました。

「今日まで我慢できたんだから、自制心あると思いますよ」

 風が吹きました。小笠原先輩が「どうも」と呟き、わたしの隣に立って夜の街を眺めます。

「そういえばあのサボテン、結構目立つね」
「そうですね。意外と存在感あります」
「せっかくだし名前つけようか。サボ子とかどう?」
「女の子なんですか?」
「サボ夫の方が良かった?」

 そういうことではないのですが、じゃあどういうことかというと言語化しにくいので黙りました。小笠原先輩が腕を組み、「サボ美、サボ彦、サボ助……」とひねりのない名前を延々と呟き始めます。

「じゃあ、リカルドは?」
「なんでいきなり路線変更したんですか?」
「メキシコの男の子の名前なんだけど、変かな」
「変っていうか……そもそもなんで名前つけたいのか分からないんですけど」
「だって愛着湧くでしょ。俺がいなくなった後も大事にして欲しいし」

 少し前は残すことすらためらっていたのに、いきなりいなくなった後も大事にして欲しい。驚くわたしと向き合い、小笠原先輩が口を開きました。

「三月生まれだよね」
「わたしですか? そうですよ。うお座っぽいって言われました」
「誕生日には、指輪を買うよ」

 指輪。恋人同士がお互いを意識するためにつける定番のアイテム。小笠原先輩が穏やかに微笑みます。

「俺たちの名前を彫った、俺たち以外には意味がないペアリングを作って贈る。俺たちが恋人だった証を形にして残す。楽しみに待ってて」

 小笠原先輩の口元を見つめます。唇から舌先は出ていません。わたしは逸る気持ちを抑えきれず、小さな子どものように元気よく返事をしました。

「はい!」