翌日の昼、わたしは小笠原先輩とスーパーに買い物に行きました。

 パーティで振る舞う料理の食材と、お酒を買うためです。小笠原先輩のリクエストはから揚げとハンバーグとコロッケ。小学生が好きな食べもの上から三つみたいなレパートリーですが、主賓が望んでいるので従うしかありません。一応、いくらなんでも茶色すぎるので、わたしの権限でサラダも入れさせて貰いました。

 お昼から夕方までは、ひたすら料理に励みました。料理の経験はそこまでないのですが、から揚げもハンバーグもコロッケも作ったことがあったので、それほど困らずに進めることは出来ました。ただコロッケはお弁当に入れるような一口サイズのものに挑戦し、中にチーズも仕込んだので、少し手間取ってしまいました。

 午後五時を回った頃から、みんなが集まり始めました。

 最初に現れたのは船井先輩でした。紙袋にプレゼントのサボテンを入れて来て、小笠原先輩に「それなに?」と中を覗かれそうになり「少し落ち着け!」と怒っていました。次に安木先輩、最後に長野先輩が来ました。その頃には料理はほとんど出来上がっていて、みんなは盛り付けを手伝ってくれました。

 午後六時頃、パーティが始まりました。料理を並べたローテーブルの上に、ブッシュ・ド・ノエルを乗せた紙皿を置きます。そして大きなろうそくを二本と小さなろうそくを一本立てて火をつけ、みんなで「ハッピー・バースデー」を歌います。一番大きな声で歌っていたのは小笠原先輩で、安木先輩はおそらく口パクでした。

「二十一歳おめでとー!」
「ありがとー!」

 みんなから拍手を受けながら、小笠原先輩がろうそくの火を吹き消しました。そうか、まだ二十一歳なんだ。分かっていたはずのことを改めて意識します。

「じゃあ、これ、俺らからのプレゼントな」

 船井先輩が待機させていた紙袋に手を入れ、中からサボテンの鉢植えを取り出しました。サイズは下から両手のひらにすっぽりと収まるぐらい。小笠原先輩が鉢植えを受け取って感想を口にしました。

「かわいー。ゴールデンバニーだよね、これ」
「知ってんのか?」
「うん。知り合いにサボテンを色々育ててるメキシコ人がいて、その人に教えてもらった。サボテンと言えばメキシコだよね。死んだらその人に引き取ってもらお」
「わたしが引き取りますよ」

 大切にしようと思っていたサボテンが見知らぬメキシコ人のところに行きそうになり、わたしは慌てて口を挟みました。小笠原先輩がへらへら笑いながら「えー」と声を上げます。

「でもさー、元カレのサボテン育てるの、なんか微妙じゃない?」

 ――あ。

 昨日の夜の感情が、ぶわっと押し寄せて来ました。また、わたしの思い出に残ることを避けようとしている。悔しくて、悲しくて、でもそれを言葉に出来なくて、代わりに涙が溢れそうになります。

「……そんなことないですよ」

 わたしはケーキの乗った紙皿を手に取り、「切り分けて来ます」と言ってキッチンに逃げ込みました。そしてひっそりと深呼吸をして気持ちを整えます。今日はめでたい誕生日。泣くのは絶対に、我慢しないといけません。

 ケーキを包丁で切り分けます。切り分けたケーキとフォークを五枚の小皿に乗せ、まずは二つをテーブルに運びます。その後に残った三つを運び、わたし以外はアルコールを、わたしはりんごジュースをそれぞれのコップに注いで準備完了。主賓のはずの小笠原先輩が、なぜか率先して音頭を取ります。

「かんぱーい!」

 みんなでコップをぶつけ合います。運動会の徒競走前に鳴るピストルのように、カンカンと硬質な音が響いてパーティの始まりを告げます。小笠原先輩がから揚げを口に入れ、「おいしー」と言って幸せそうに笑いました。