プレゼントは、サボテンに決まりました。
金色の棘と、うさぎの耳のように平らで細長い楕円形の幹が特徴的な、ゴールデンバニーという種類のサボテンです。「猫を飼いたい」から議論を進め、小笠原先輩は動物全般好きだから猫かどうか分からないという話になり、「動物」ではなく「育てる」の方に注目し、簡単に育てられて後を継ぐ人が苦労しないものを考えてサボテンに決まりました。なんだか思いっきりズレた気もしますが、それも小笠原先輩らしいということでみんな納得しました。
プレゼントを買って、夕食を食べてから帰ります。今日は同棲の日なので、わたしが帰る先は実家ではなくマンションです。プレゼントは当日に船井先輩が運び、ケーキはわたしが今日中にマンションに持ち込むことになったので、ブッシュ・ド・ノエルの入った袋を持って帰路に着きました。
マンションの部屋に入ってリビングに向かうと、小笠原先輩はソファに寝転んでテレビのバラエティ番組を観ていました。タレントに合わせて「あはは!」と笑う声を聞きながら、わたしは冷蔵庫にケーキの箱をしまいます。
「夕飯は、船井くんたちと食べてきたんだよね?」
小笠原先輩が話しかけてきました。わたしは冷蔵庫を離れて、小笠原先輩に歩み寄ります。
「はい。小笠原先輩は何を食べたんですか?」
「カップ麺」
「もうちょっといいもの食べましょうよ」
「明日はご馳走作ってくれるんでしょ。なら今日は控えめにしないと」
小笠原先輩がにやりと唇を歪めました。期待してるよという笑み。小笠原先輩の本当に欲しいものに気づく前のわたしなら、期待されていることを素直に喜べたのでしょうか。気づいてしまった今となっては分かりません。
「……任せてください」
ぎこちなく笑い返します。わたしは誤魔化すのがへたくそで、小笠原先輩は察するのが得意です。すぐ、わたしの異変に気付きました。
「どしたの? 体調悪い?」
大丈夫です。そう答えようとしますが、声にならず俯いてしまいます。どこかに上手い言い訳が落ちていないか探すように部屋を見渡し、そして、テレビ台の上に置いてある小さな直方体の箱に目が行きます。
トランプ。
「あの」顔を上げます。「ポーカーしません?」
テレビから大きな笑い声が上がりました。笑うところじゃないのに。神さまの演出に不満を覚えつつ、わたしは小笠原先輩に向かって語ります。
「聞きたいことがあるんです。だから前、船井先輩たちとアイス買いに行く人を決めた時みたいに、ポーカーで勝負して勝ったら教えてください」
「聞けばいいじゃん。勝負する必要ある?」
「……聞きたくないとも思ってるんです」
小笠原先輩が不思議そうに首を傾げました。気持ちは分かります。むしろわたしはわたしの気持ちの方が分かりません。分からなくて結論が出ないから、退くか進むか誰かに決めて欲しくなっている。
「まあ、いっか」
小笠原先輩がソファを離れ、トランプの箱を手に取りました。そしてローテーブルの近くであぐらを掻き、箱から出したトランプをシャッフルし始めます。テーブルを挟んだ対面に正座するわたしに、小笠原先輩が話しかけてきました。
「チェンジは一回でいい?」
「はい」
「自分でもシャッフルしとく?」
「いいです。イカサマはしないと信じています」
「そもそも、出来ないしね」
小笠原先輩が笑いました。そしてシャッフルを止めて五枚をわたしに寄越し、自分の五枚取って山札をテーブルに置きます。わたしの手札は、最初からエース三枚のスリーカードが出来ていました。めちゃくちゃ強いです。
小笠原先輩がトランプを三枚捨て、三枚山札から引きました。三枚交換している時点でスリーカードはなくて、初手は最大でもワンペア。仮にワンペアだとすると三枚チェンジした後はフルハウスかフォーカードが出来ていない限り、わたしのエースのスリーカードを上回れません。
わたしは二枚のトランプを交換します。ペアは引けず、もう一枚のエースが来てフォーカードになることもなく、エースのスリーカードのままでした。トランプを見つめて緊張するわたしに、小笠原先輩が話しかけてきます。
「じゃあ、オープンしていい?」
わたしはごくりと唾を飲みました。おそらくこの勝負はわたしが勝ちます。勝ったらわたしは小笠原先輩に自分の疑惑をぶつけることになります。そうなった時、わたしたちはどうなるのでしょう。一つ確実に言えるのは、このままゆるゆると同棲を続ける関係はまず保てません。
「――いいです」
細く息を吸い、わたしは手札をテーブルの上に明かしました。エースのスリーカードを見た小笠原先輩が「つよっ!」と声を上げます。わたしの勝ち――
「まあ、俺の方が強いけど」
パサッ。
小笠原先輩がトランプをテーブルに広げました。ハートのフラッシュ。つまり交換しなかった二枚はワンペアではなくハート二枚であり、同じ柄が二枚あるだけの最低な状態から三枚同じ柄を引く豪運を発揮されたことになります。そしてポーカーの役はスリーカードの上がストレートで、その上がフラッシュ。――わたしの負けです。
「どうする?」
小笠原先輩が問いかけてきました。たった四文字の言葉から、わたしは無数の意味を読み取ります。自分はどうしたいのか。どうするべきなのか。たくさんのカードを頭の中にずらりと並べて、並べられたカードの前でうんうんと悩んで、何も選ばずに終わります。
「……お風呂沸かしてきます」
わたしは立ち上がり、お風呂場に向かいました。数分しか正座していないのに、やけに足に力が入らずふらふらします。リビングを出る時、背後からまたテレビのタレントが笑う声が聞こえて、本当に理不尽だとは思いますが、わたしはそのタレントのことが少し嫌いになってしまいました。
金色の棘と、うさぎの耳のように平らで細長い楕円形の幹が特徴的な、ゴールデンバニーという種類のサボテンです。「猫を飼いたい」から議論を進め、小笠原先輩は動物全般好きだから猫かどうか分からないという話になり、「動物」ではなく「育てる」の方に注目し、簡単に育てられて後を継ぐ人が苦労しないものを考えてサボテンに決まりました。なんだか思いっきりズレた気もしますが、それも小笠原先輩らしいということでみんな納得しました。
プレゼントを買って、夕食を食べてから帰ります。今日は同棲の日なので、わたしが帰る先は実家ではなくマンションです。プレゼントは当日に船井先輩が運び、ケーキはわたしが今日中にマンションに持ち込むことになったので、ブッシュ・ド・ノエルの入った袋を持って帰路に着きました。
マンションの部屋に入ってリビングに向かうと、小笠原先輩はソファに寝転んでテレビのバラエティ番組を観ていました。タレントに合わせて「あはは!」と笑う声を聞きながら、わたしは冷蔵庫にケーキの箱をしまいます。
「夕飯は、船井くんたちと食べてきたんだよね?」
小笠原先輩が話しかけてきました。わたしは冷蔵庫を離れて、小笠原先輩に歩み寄ります。
「はい。小笠原先輩は何を食べたんですか?」
「カップ麺」
「もうちょっといいもの食べましょうよ」
「明日はご馳走作ってくれるんでしょ。なら今日は控えめにしないと」
小笠原先輩がにやりと唇を歪めました。期待してるよという笑み。小笠原先輩の本当に欲しいものに気づく前のわたしなら、期待されていることを素直に喜べたのでしょうか。気づいてしまった今となっては分かりません。
「……任せてください」
ぎこちなく笑い返します。わたしは誤魔化すのがへたくそで、小笠原先輩は察するのが得意です。すぐ、わたしの異変に気付きました。
「どしたの? 体調悪い?」
大丈夫です。そう答えようとしますが、声にならず俯いてしまいます。どこかに上手い言い訳が落ちていないか探すように部屋を見渡し、そして、テレビ台の上に置いてある小さな直方体の箱に目が行きます。
トランプ。
「あの」顔を上げます。「ポーカーしません?」
テレビから大きな笑い声が上がりました。笑うところじゃないのに。神さまの演出に不満を覚えつつ、わたしは小笠原先輩に向かって語ります。
「聞きたいことがあるんです。だから前、船井先輩たちとアイス買いに行く人を決めた時みたいに、ポーカーで勝負して勝ったら教えてください」
「聞けばいいじゃん。勝負する必要ある?」
「……聞きたくないとも思ってるんです」
小笠原先輩が不思議そうに首を傾げました。気持ちは分かります。むしろわたしはわたしの気持ちの方が分かりません。分からなくて結論が出ないから、退くか進むか誰かに決めて欲しくなっている。
「まあ、いっか」
小笠原先輩がソファを離れ、トランプの箱を手に取りました。そしてローテーブルの近くであぐらを掻き、箱から出したトランプをシャッフルし始めます。テーブルを挟んだ対面に正座するわたしに、小笠原先輩が話しかけてきました。
「チェンジは一回でいい?」
「はい」
「自分でもシャッフルしとく?」
「いいです。イカサマはしないと信じています」
「そもそも、出来ないしね」
小笠原先輩が笑いました。そしてシャッフルを止めて五枚をわたしに寄越し、自分の五枚取って山札をテーブルに置きます。わたしの手札は、最初からエース三枚のスリーカードが出来ていました。めちゃくちゃ強いです。
小笠原先輩がトランプを三枚捨て、三枚山札から引きました。三枚交換している時点でスリーカードはなくて、初手は最大でもワンペア。仮にワンペアだとすると三枚チェンジした後はフルハウスかフォーカードが出来ていない限り、わたしのエースのスリーカードを上回れません。
わたしは二枚のトランプを交換します。ペアは引けず、もう一枚のエースが来てフォーカードになることもなく、エースのスリーカードのままでした。トランプを見つめて緊張するわたしに、小笠原先輩が話しかけてきます。
「じゃあ、オープンしていい?」
わたしはごくりと唾を飲みました。おそらくこの勝負はわたしが勝ちます。勝ったらわたしは小笠原先輩に自分の疑惑をぶつけることになります。そうなった時、わたしたちはどうなるのでしょう。一つ確実に言えるのは、このままゆるゆると同棲を続ける関係はまず保てません。
「――いいです」
細く息を吸い、わたしは手札をテーブルの上に明かしました。エースのスリーカードを見た小笠原先輩が「つよっ!」と声を上げます。わたしの勝ち――
「まあ、俺の方が強いけど」
パサッ。
小笠原先輩がトランプをテーブルに広げました。ハートのフラッシュ。つまり交換しなかった二枚はワンペアではなくハート二枚であり、同じ柄が二枚あるだけの最低な状態から三枚同じ柄を引く豪運を発揮されたことになります。そしてポーカーの役はスリーカードの上がストレートで、その上がフラッシュ。――わたしの負けです。
「どうする?」
小笠原先輩が問いかけてきました。たった四文字の言葉から、わたしは無数の意味を読み取ります。自分はどうしたいのか。どうするべきなのか。たくさんのカードを頭の中にずらりと並べて、並べられたカードの前でうんうんと悩んで、何も選ばずに終わります。
「……お風呂沸かしてきます」
わたしは立ち上がり、お風呂場に向かいました。数分しか正座していないのに、やけに足に力が入らずふらふらします。リビングを出る時、背後からまたテレビのタレントが笑う声が聞こえて、本当に理不尽だとは思いますが、わたしはそのタレントのことが少し嫌いになってしまいました。