「じゃあ、バイクとか」

 四人がけテーブルの向かいで、船井先輩が口を開きました。わたしと、船井先輩の隣の安木先輩と、わたしの隣の長野先輩の三人がその続きを見守ります。

「一年の時、あいつと歩いてたらいかついバイクとすれ違ったんだよ。その時に『かっけー』って興奮してたから、もしかしてそれなんじゃない?」
「小笠原、二輪の免許ないでしょ」

 長野先輩からツッコミが入りました。たじろぐ船井先輩をフォローするように、わたしはおずおずと自分の意見を口にします。

「でも、車の免許はありますよね。そっちの可能性はありませんか? スポーツカー走らせてみたいとか……」
「いやあ、それはないと思うよ。あいつ、車の運転とか興味ないし。免許もオートマ限定だからね」

 フォローに入ったのに、即座に否定されました。「それならバイクもないですよね」という言葉が歯の裏まで出かかりましたが、ホットのキャラメルマキアートを飲んで抑え込みます。そして議論は行き詰まり、デパート地下の喫茶店の一角に重たい沈黙が生まれます。

 小笠原先輩に欲しいものがあるらしいと分かってすぐ、わたしは船井先輩たちに思い当たる節はないかと尋ねました。

 だけど誰も、はっきりとした答えは出せませんでした。その時はまだ時間があったので保留にしたのですが、気がつけばあっという間に誕生日の前日です。みんなでデパートに行き、注文しておいたブッシュ・ド・ノエルを受け取った今でも、プレゼントはまだ買えていません。何を買えばいいか分からないからです。

「もともとプレゼントは要らないって話だったんだし、もう諦めるか」

 船井先輩がギブアップを口にしました。喫茶店で話し合いを始めてから三十分。未だ何の進展も見えていないのだから、気持ちは理解できます。でも――

「でも、最後かもしれないんですよ」

 我慢できず、言葉がこぼれ落ちました。楽しいパーティの前にこういうことは言いたくなかった。だけどこうなったら、言わざるを得ません。

「小笠原先輩の誕生日をお祝いできるの、もう最後かもしれないんです。だったらやれるだけのことはやりたいじゃないですか。諦めなきゃいけなくなるまで、諦めたくないです」

 たどたどしく語ります。船井先輩が「そうだね」と呟き、アイスコーヒーに刺さっているストローに口をつけました。やっぱり、しんみりとした空気になってしまいました。わたしは俯き、どうにかならないかとムードを変える言葉を考えます。

 ずっと黙っていた安木先輩が、おもむろに口を開きました。

「理由を考えよう」

 みんなの視線が安木先輩に集まりました。安木先輩はいつものように淡々と自分の考えを説明します。

「小笠原は何でもポジティブに捉えるやつだから、何が好きかを考えても埒が明かない。だからそっちじゃなくて、小笠原が嘘をついた理由の方を考えよう。あいつが嘘をつくのは珍しいから、好きなものを考えるよりやりやすいと思う」

 確かに。小笠原先輩の好きなものを挙げていく方式だと、河原のピカピカした石ぐらいなら候補に入りかねません。だけど小笠原先輩が嘘をついた理由なら、一つに決まりそうな気がします。

「素直に考えると、高すぎて買えないものが欲しいとか?」

 船井先輩が意見を出しました。またしても長野先輩からツッコミが入ります。

「小笠原、そういう時に嘘つくかな。スペースシャトルが欲しかったら『宇宙に行ってみたくてさー、スペースシャトルが欲しいんだよね。無理だけど』みたいに言うタイプじゃない?」
「じゃあ魔法の杖みたいな、荒唐無稽なものが欲しいとか」
「同じだって。かぐや姫ばりの無理難題でも言うだけは言うでしょ」
「なら、何だと思うんだよ」
「分かるならとっくにそれを答えてる。ただ――」

 長野先輩が言葉を切りました。そして神妙な面持ちで続きを語ります。

「小笠原が欲しいのは『手に入らないもの』じゃないと思う。それならきっと嘘つかない。手に入れようと思えば手に入る、だけど『手に入れてはいけないもの』なんじゃないかな。それを口にして、本当に貰っちゃったら困るから言わなかった。そんな気がする」

 手に入れようと思えば手に入る。だけど、手に入れてはいけない。

 長野先輩の言葉を頭の中で繰り返し、考えを巡らせます。手に入れてはいけないと思っている。その理由はなぜでしょう。小笠原先輩は何を恐れているのでしょう。小笠原先輩の立場になって考えてみれば――

 ――次の誕生日はないと思うし。

「あ」

 声が漏れてしまいました。わたしはしまったと口をつぐみますが手遅れです。船井先輩がわたしに話しかけてきます。

「なにか気づいた?」

 気づきました。だけど――言えません。

「……猫、じゃないでしょうか」

 船井先輩が眉をひそめました。わたしはどう誤魔化そうか考えながら、しどろもどろに語ります。

「小笠原先輩、猫が好きなんです。だから飼いたいんじゃないかなって」
「え? また好きなものから探してたの?」
「違います。今から飼う猫ってたぶん、小笠原先輩より長生きしますよね」

 船井先輩がまぶたを上げました。詳細を語る前に伝わったようです。

「だから猫を飼っても、その子の面倒を最後まで見切れないんです。自分がいなくなった後にどうなるか分からない。誰かに頼むことは出来ますけど、それって命に対してすごく身勝手ですよね。そういうのがイヤなんじゃないでしょうか」
「確かに……ありそうだな」

 船井先輩がうんうんと頷きました。長野先輩が横から口を挟みます。

「でもそれじゃあ、結局プレゼントはできないね」
「何か代わりになるものを考えればいいだろ。猫のぬいぐるみとか」
「ぬいぐるみってペットの代わりになる?」
「じゃあ、あれだ。ペット型ロボット」
「ロボットならいなくなった後のこと考えなくてもいいよねってなるかなあ」

 船井先輩と長野先輩の話し合いが始まりました。わたしはキャラメルマキアートのカップに口をつけ、甘い熱を喉から身体に送り込みます。小笠原先輩は今、何をしているんだろう。そんなことが無性に気になりました。