「そんなこと聞かれてもねえ」

 テーブルの対面に座っている長野先輩が、お皿に乗っている白身魚のフライを箸で切って口に運びました。そしてしばらく噛んでから言葉を続けます。

「私から見たら普通に魅力的に見えるよ」
「本当ですか? さすがに胸小さすぎとか思いません?」
「私と同じサイズだよね?」

 そうでした。長野先輩が箸をお皿に置き、周囲をぐるりと見渡します。

「少なくとも私は、今ここにいる女子全員と比較して、女性的な魅力が突出して劣っているとは思わない。自分でも見てみたら?」

 長野先輩に促され、わたしも周りに目を向けました。お昼の学生食堂は学生たちで混雑していて、中には女の子もたくさんいます。太っている子も痩せている子も、背の高い子も低い子も、胸の大きい子も小さい子もいます。この中でわたしの性的魅力がぶっちぎりで最下位かというと、確かにそんなことはないように思えます。

「じゃあ、わたしの魅力と小笠原先輩の好みが合わないんでしょうか」
「それなら同棲しないでしょ」
「でもその同棲で、もう六日間も何もないんですよ?」

 長野先輩が顎を引きました。そして「まだ六日間だよ」と呟いてコップの麦茶を飲みます。本音では「まだ」ではなく「もう」だと思っているのが丸わかりです。そもそも長野先輩はわたしから相談を受けてすぐ「嘘っ!?」と全力で驚いており、今さら取り繕っても遅いです。

 小笠原先輩と同棲を初めてから、今日で半月が経ちました。

 三日毎に三日間の同棲なので、二サイクル六日間の同棲生活を行ったことになります。そしてその六日間で小笠原先輩は、一度もわたしに手を出してきませんでした。一緒にテレビを観たり、食事をしたり、買いものに出かけたりと、同棲っぽいことはそれなりにしているのですが、恋人っぽいことは何もしていません。同棲六日目にして結婚二十年目の貫禄が漂っています。

 今日からまた同棲期間に入るにあたって、わたしは悩んでいました。そしてお昼の学生食堂で長野先輩を見かけたので、一緒にご飯を食べるついでに相談を持ちかけました。しかし残念ながら長野先輩も理解できないらしく、とりあえずわたしに女性としての魅力が皆無であるという説は却下されましたが、それ以外にはっきりと言えることもなさそうです。

「そもそも小笠原先輩って、どういうタイプの女性が好きなんでしょう。聞いたことあります?」
「ない。っていうか逆に聞きたいんだけど、知らないの?」

 長野先輩がお皿の箸を手に取り、先端をわたしに向けました。

「もう同棲までしてるんだよ。そりゃ家族とかには勝てないかもしれないけど、私ぐらいには勝たなきゃダメでしょ」

 厳しい言葉に、わたしは黙ってしまいました。勝てる自信がなかったからです。そんなわたしを逃がさずに長野先輩が追撃を加えます。

「小笠原の一番好きな食べ物は?」
「……何でも美味しそうに食べるので分かりません」
「小笠原の一番好きな漫画は?」
「……何でも面白そうに読むので分かりません」

 長野先輩の視線が、じっとりと湿っぽくなってきました。長野先輩はやるべきことをやっている人には結果が出ていなくても優しいですが、やるべきことをやっていない人にはだいぶ厳しいです。例えばわたしは教育学部なので、先生になるために幅広い分野の講義を受けたりレポートを書いたりするのですが、それを愚痴って「必要なことなんだから仕方ないでしょ」とばっさり切り捨てられたことがあります。

「小笠原の誕生日パーティさ」

 小皿に乗っているキャベツの漬物に、長野先輩が箸を伸ばしました。

「プレゼントは要らないみたいだけど、好きなケーキぐらいは調べておいた方がいいと思うよ。アレルギーとかあるかもしれないし」

 長野先輩が漬物を口に運びました。わたしは消え入るような声で「はい」と答えます。そして小笠原先輩はどんなケーキが好きなのか考えて、どんなケーキでも幸せそうに食べていたことを思い出し、ため息を漏らしそうになりました。