「なんかー、大腸に癌があるらしくって、もう無理なんだって。でさー、若いと癌の進行が早いって言うじゃん。あれ嘘なの知ってた? 癌細胞ってバラバラに出来るパターンとまとまって出来るパターンがあって、それでバラバラの方が進行早いんだって。でー、若いとバラバラで出来ることが多いから結果的に早く見えるらしいよ。全然知らなかったわー。それからー」

 小笠原先輩はぺらぺらと詳細を話してくれました。病院で飲んだ野菜ジュースがとんでもなく不味かったところまで含めて、ひたすら喋り続けました。そして分かったことは、小笠原先輩が末期の大腸癌ということだけでした。

 小笠原先輩に任せていると情報が増えないので、こちらから質問攻めにしました。そして余命は短くて半年だということ、本当にマズくなるまで入院治療はせずにいつも通り余生を過ごすと決めたこと、いつも通りの生活の中に「大学に行く」がなぜか無かったから大学は辞めたこと、ついでにバーテンのバイトも辞めたこと、一人暮らしのアパートを引き払って今は実家にいることを引き出しました。

「でさー、これ、誰の負けなの?」

 質問が止んだところで、小笠原先輩が机の上のジェンガを指さしました。どうでもいいです。本当に。

 わたしと船井先輩と長野先輩は動揺していました。安木先輩はいつも通りでした。安木先輩はいつ何があっても不気味なぐらいに落ち着いています。船井先輩に「どうする?」と尋ねられ、安木先輩はおもむろに口を開きました。

「グーグルを開こう」

 安木先輩はよく「AのためにBをしたいからまずCをしよう」のCのところだけを話します。そういう時は詳しい話を聞かないと会話が成り立ちません。今回は「今後の生き方を考えるため、『死ぬまでにしたい10のこと』という若くして余命宣告を受けた主人公が死ぬまでにやりたいことのリストを作り実行する映画を見たいから、どうすればネット配信で映画を観られるかグーグルで調べよう」ということでした。

 誰も反対はしなかったので、わたしたちは『死ぬまでにしたい10のこと』を配信しているサイトを調べ、船井先輩が会員登録をしました。テレビをモニターにして配信サイトを映すと、小笠原先輩が「あれ観たいんだけどあるかなー」と言って全く関係のないアニメ映画を検索し始めましたが、みんな文句は言いませんでした。検索して出てきた映画をそのまま再生しようとした時は、さすがに船井先輩が「ちょっと待て!」と制しました。

『死ぬまでにしたい10のこと』は、とても良い映画でした。

 わたしも泣きましたが、船井先輩はその十倍ぐらい泣いていました。見終わった後は小笠原先輩に抱き付いて「小笠原、死ぬなー!」と叫んでいました。船井先輩は声が大きいです。たぶん、隣の部屋の人はすごく困惑していたと思います。

「お前、何かしたいことないのか!? 何でも言え! 俺たちが実現してやる!」

 船井先輩がドンと胸を叩きました。俺じゃなくて、俺たち。勝手に巻き込まれているけれど、それに不満を言う人はいませんでした。別に当たり前のことだと、みんな思っていました。

 そんなだから、わたしたちはいつも小笠原先輩に振り回されるのです。

「えー、じゃあー」

 小笠原先輩が、ぐるりとみんなを見回しました。

「みんな、『DRAGON』ってサークル知ってる?」

 わたしは知りませんでした。船井先輩も知らないみたいでした。安木先輩は良く分かりません。長野先輩は知っていて、首を縦に振りました。

「知ってる。超評判悪いヤリサーでしょ。あたしの学科にもメンバーいるけど、脳みそが金玉に詰まってそうな男で、クソチャラいの」

 一応、もう一回言っておきますけど、長野先輩はとても可愛いらしい女性です。趣味はお菓子作りです。

「そう、それ。あのサークルさー」

 小笠原先輩はへらへら笑っていました。そしてわたしたちに自分のしたいことを、いつも通り、ゆるーい感じで教えてくれま
した。

「潰そ」