夜もだいぶ深まり、長野先輩たちが家に帰っていきました。

 部屋の間取りは1LDKで、キッチンとワンフロアになっているリビングの広さは約十畳。五人いた時は狭い印象があって、次にみんなで集まる小笠原先輩の誕生日パーティに不安を覚えていたのですが、いざ二人きりになってみるとやたら広く感じました。同じ部屋に二人で同居している。昨日まではあり得なかった現実が当たり前のように圧しかかって来て、息が上がります。

 やがてお風呂が沸き、わたしが先に入りました。待っている小笠原先輩には申し訳ないですが、人生一と断言できるほど丁寧に身体を洗いました。お風呂を出て、パジャマに着替えてからリビングに行くと、わたしが遅すぎたせいか小笠原先輩はソファで眠りかけていました。

 小笠原先輩がお風呂から上がる前に、わたしは髪を乾かして寝室に行きました。そしてダブルベッドの奥で布団をかぶって眠ろうとしますが、寝つけません。目をつむりながら耳をそばだてて気配を感じ取ろうとしている感覚が、寝たふりをしてサンタさんを待っていた子どもの頃と重なります。あの時のわたしはサンタさんがドアを開けて部屋に入ってくるのを待ち望んでいました。今のわたしは――自分でもよく分かりません。

 ギィ。

 寝室のドアの軋む音が聞こえて、わたしの心臓が大きく跳ねました。脈拍が小笠原先輩に聞こえているんじゃないかと思うほどの跳ねっぷりです。寝息を偽装するのも大変になりながら、どうにかこうにか寝たふりを続けます。

 ひたひたと足音が近づいてきた後、かぶっている布団が動きました。小笠原先輩がわたしの隣で横になります。手を伸ばせば触れる距離に小笠原先輩がいる。その事実で頭がいっぱいになります。

 ――アイスと一緒に、ゴムも買っといた方がいいかもね。

 買いませんでした。でも買っておけば良かったかもしれません。とはいえ、わたしが買わないと持っていないのだとしたら、それはどうなのでしょう。持っていないのに迫って来るような人は、そもそも受け入れてはいけないのではないでしょうか。誰にだって衝動で動くことはあるにせよ、限度はあるわけで――

 布団の下で、小笠原先輩の指がわたしの指に触れました。

 思わず「ひあっ」と声を上げてしまうところでした。何なら「ひ」の半分ぐらいは出ていました。心臓はもう大変なことになっています。胸の中で小人が運動会を開いていて、今の種目は騎馬戦です。

 指と指が触れ合っている部分はほんのわずか。きっと爪の面積よりも狭いです。なのに今、身体中の血液がそこに集まっているんじゃないかと思えるぐらい、接点がかっかと熱くなっています。小笠原先輩の体温とわたしの体温だけでは全くもって説明できないエネルギーが、物理法則の壁を突き破って発生しています。

 小笠原先輩の指が動きました。わたしの指との接点が無くなり、燻っていた熱がふわりと解けます。そして散らばった熱は布団の中にこもったまま、どこにも逃げ出せずにわたしの身体を温めます。

「あの」まぶたを上げます。「わたし、いいですよ」

 声が震えてしまいました。仰向けに寝そべっていて、お腹に上手く力が入らないからではありません。

「色々ちゃんとしてくれるなら、いいです。覚悟はできています。わたしたち、もう結婚式も挙げたんですから。全然おかしなことじゃないです」

 口を閉じます。そして横を向きます。わたしの言葉を聞いた小笠原先輩がどういう顔をしているのか見て、目と目を合わせてきちんと話そうと試みます。

 小笠原先輩はまぶたを下ろし、健やかな寝息を立てていました。

「……もしもし?」

 上体を起こし、声をかけます。返事はありません。というか、規則的に呼吸を繰り返している以外に動きはありません。これは素直に解釈するなら――

 寝ています。

 先にベッドに入ったわたしはまるで寝つけなかったのに、後から入って即座に熟睡しています。指が動いたのはシンプルに寝相。わたしの存在は欠片も睡眠の妨げになっていません。

 ひとさし指で小笠原先輩の頬をつつきます。反応なし。わたしは両手をだらりと下げて天井を仰ぎ、嘆きの言葉を吐き出しました。

「なにそれ……」