「それでは、新郎新婦のご入場です!」

 船井先輩の声が目の前のドアを震わせました。まもなくドアが開き、わたしは小笠原先輩と腕を組んでバーのフロアに歩き出します。来賓用の客席はほとんど埋まっており、わたしは拍手の嵐に思わず尻込みしそうになりましたが、小笠原先輩は得意気に笑って余裕綽々といった様子でした。

 床に敷かれている赤絨毯の上を歩き、テーブルにシーツをかけて作った高砂に辿り着きます。わたしたちが高砂の後ろに座り、拍手の音が会場から消えると、船井先輩が式の始まりを高らかに宣言しました。わたしはごくりと唾を飲み、とりあえず姿勢だけは良くしようと背筋を伸ばします。

 まずは新郎の挨拶。小笠原先輩は「パーティ楽しんでね」ぐらいのことをすごくゆるい感じで語りました。次は新婦の挨拶。わたしは「よろしくお願いします」ぐらいのことを全身カチコチになって語りました。

 そしていよいよ、わたしたちのサプライズが発動します。

「新郎、新婦、ありがとうございました。では続きまして、仲人の方からお祝いの御言葉を……と言いたいところですが、残念ながらこの結婚式に仲人はおらず、親族も来ておりません。ですが新郎に縁深い方々から、ビデオレターという形で祝言を受け取っております」

 船井先輩がこちらをちらりと見やりました。小笠原先輩の様子を確認して、再び司会に戻ります。

「今からそのビデオレターを流させて頂きます。では、どうぞ」

 会場の電気が消え、設置したイベント用スクリーンに映像が流れ始めました。小学生時代の小笠原先輩と丹波先生の写真を背景に、長野先輩のナレーションが説明を加える映像を眺め、小笠原先輩が懐かしそうに目を細めます。

 丹波先生。鴨志田さん。そして、飯村さん。大切な人からのメッセージを聞いている小笠原先輩は、終始うっすらと笑っていて幸せそうでした。やがて「ご結婚おめでとうございます」という〆のナレーションが流れ、会場が明るくなります。大きな拍手が起こる中、小笠原先輩がわたしの方を向いて優しく笑いました。

「ありがとう。こういうの、すごく嬉しいよ」

 満足げな小笠原先輩を見て、わたしは強い喜びを覚えます。良かった。協力した甲斐があった。わたしは新婦だから撮影にはついて行っただけだし、映像にも出番はなかったけれど、頑張ったことをちゃんと察してくれて――

 ――ん?

「なんでわたしが関わってるって知ってるんですか?」

 暗闇が、小笠原先輩の顔を覆いました。

 会場の電気が再び消え、来賓の方々がざわつき始めます。全く予定になかった展開に驚き、わたしは慌てて船井先輩を見やりました。そして挙動不審に周囲を見渡す姿を目にし、わたしと同じく事態についていけてないことを察します。

 小笠原先輩の方に向き直ります。小笠原先輩はわたしを見つめて唇の端を吊り上げていました。船井先輩とは反対の落ち着いた態度を前にして、わたしは控え室で小笠原先輩から聞いた言葉をふと思い出します。

 ――早くみんなを驚かせたいって思っちゃう。

 新しい映像がスクリーンに投影され、場がだいぶ明るくなりました。会場中の視線がスクリーンに集まります。映っているのは和室に正座して、困ったようにはにかむおばあちゃん。丹波先生です。

『えー、ではこれから新郎プレゼンツ、サプライズ返しの逆ビデオレターを撮りたいと思いまーす!』

 底抜けに明るい声が、スピーカーを通して会場に響きました。