結婚式当日。わたしと小笠原先輩は式の開始時間よりもだいぶ早く会場のバーに向かい、従業員控え室で正装に着替えました。
わたしはピンク色のドレスで、小笠原先輩はタキシード。どちらもレンタルです。純白のウェディングドレスを用意しなかったのは、小笠原先輩が「親御さんの来ないパーティでそれ着ちゃうのはナシでしょ」と言ったから。だったら結婚式をすること自体どうなのとは思いましたが、大筋では納得できたので従いました。
着替えた後はその場で待機。最初はあまり緊張していませんでしたが、時間が経つにつれて店内が賑わっていくのがドア越しに分かり、どんどんと身体が強張っていきました。パイプ椅子に座ってそわそわしているわたしに、小笠原先輩が立って話しかけてきます。
「緊張してる?」
「してます。逆に、しないんですか?」
「俺はワクワクするかなー。早くみんなを驚かせたいって思っちゃう」
「別に驚きはしないと思いますけど」
「そうかな。まあ何にせよ、家族とか親戚が来てるわけでもないんだし、肩の力抜いていいと思うよ」
家族。密かに気になっていたワードを小笠原先輩が口にしました。すさかず乗っかって探りを入れます。
「今日、お父さんは何か言ってましたか?」
「ハメを外すなって言われた。信頼されてないよね」
「弟さんは?」
小笠原先輩の頬がぴくりと動きました。そしてバーのフロアに繋がっているドアを見やり、わたしに表情を見せないようにして答えます。
「特に、何も」
返事が胸に重たくのしかかりました。ビデオレターの撮影以降、わたしは俊樹くんと会えていません。結婚を認めて欲しい、祝福して欲しいと思いつつ、さすがに聞くことはできずにずっとモヤモヤしていました。やはりあの一日ぐらいでは何も変わっていないのでしょうか。
小笠原先輩がパイプ椅子をわたしの向かいに置き、その上に座りました。そして背中を前に傾け、わたしと目線の高さを合わせます。
「気になる?」
大丈夫です。そんな強がりが頭に浮かびました。だけど言えずに、目を伏せて別の言葉を呟きます。
「わたしって、パセリなんですよ」
ずっと考えていたことをいきなり口にしたら、安木先輩並みに意味不明な言葉になってしまいました。小笠原先輩が不思議そうに目を丸くします。
「小笠原先輩がハンバーグだとしたら、わたしはパセリなんです。グリルチキンやエビフライみたいに、同じ鉄板に乗ってメニューに名前が出るような存在じゃない。少なくとも弟さんにはそう見えているはずです。だからわたしが自分の意志で付き合っていると思えなかったんじゃないかと」
俊樹くんは人を振り回す小笠原先輩が嫌いでした。そしてそんな小笠原先輩を調子づかせる、大人しく振り回される人たちも嫌い。だからわたしは俊樹くんに、自分が振り回されているだけではないことを伝えました。
ただ、もしわたしが小笠原先輩に負けないほど力強い人間だったら、俊樹くんは最初からわたしを「振り回されている」とは認識しなかったでしょう。小笠原先輩の世界の中心が小笠原先輩であるように、わたしの世界の中心はわたしです。だけどそれが周りに伝わるかどうかは別の話。釣りあいが取れているかどうか判断するのは、当人たちではないのです。
「パセリねー」
小笠原先輩が腕を組み、パイプ椅子の背もたれに身体を預けました。あまり綺麗とは言い難い天井を見上げ、椅子をギシギシと軋ませながら呟きます。
「だとしたらあいつ、人を見る目がないね」
小笠原先輩が反らしていた背中を元に戻しました。そしてわたしに向かって、にっと笑います。
「こんな濃いパセリありえないでしょ。どんだけ自分のこと美化するの」
「……卑下してるつもりだったんですけど」
「そうなの? じゃあめちゃくちゃ変な子だから、自信持っていいよ」
わたしは目を見開きました。小笠原先輩が首を傾げます。
「自覚なかったんだ」
「ないですよ。いつからそう思ってたんですか?」
「割と最初から」
「最初から!?」
驚きを露わにします。小笠原先輩がぽりぽりと頬を掻きました。
「今年サークルに入った女の子、みんなすぐ来なくなったでしょ。なのに一人で店に来て、一人で練習して、一人で帰ったりしてたじゃん。それ見て面白い子だなって思ってたんだよね。真面目にビリヤードしに来てるから」
「ビリヤードのお店にビリヤードをしに行くの、普通じゃないですか?」
「サークルは人間関係目当ての人の方が多いでしょ。ビリヤード上手いならともかくガチの素人だし。目の前のことに一生懸命で、なんていうか――」
小笠原先輩が目を細め、いつものようにゆるい感じで笑いました。
「こういう子とずっと一緒にいられたら、人生楽しいだろうなって思った」
ガチャ。
部屋奥のドアが開き、レディーススーツを着た長野先輩が現れました。そして「そろそろだから準備しといて」と言って引っ込みます。わたしたちはしばらく無言で顔を見合わせ、そして、ほとんど同時に苦笑いを浮かべました。
「わたしも、小笠原先輩みたいな人と一緒にいたら人生楽しいと思います」
「ありがと。ところで、一ついい?」
「なんでしょう」
「呼び方とか、敬語とか、いつまで続けるの?」
「……変えた方がいいですか?」
「いや。やりやすいのでいいよ。俺は無理されるのが一番イヤ」
「分かりました。じゃあ、変える気になるまでこのままやらせてください」
「オッケー」
ドアの向こうから、来賓に着席を促す船井先輩の声が聞こえました。小笠原先輩が立ち上がり、右の親指を立ててドアを示します。
「俺たちがお似合いの二人だってこと、みんなに見せつけてやろう」
お似合いの二人。わたしは微笑み、首を縦に振りました。
「はい」
わたしはピンク色のドレスで、小笠原先輩はタキシード。どちらもレンタルです。純白のウェディングドレスを用意しなかったのは、小笠原先輩が「親御さんの来ないパーティでそれ着ちゃうのはナシでしょ」と言ったから。だったら結婚式をすること自体どうなのとは思いましたが、大筋では納得できたので従いました。
着替えた後はその場で待機。最初はあまり緊張していませんでしたが、時間が経つにつれて店内が賑わっていくのがドア越しに分かり、どんどんと身体が強張っていきました。パイプ椅子に座ってそわそわしているわたしに、小笠原先輩が立って話しかけてきます。
「緊張してる?」
「してます。逆に、しないんですか?」
「俺はワクワクするかなー。早くみんなを驚かせたいって思っちゃう」
「別に驚きはしないと思いますけど」
「そうかな。まあ何にせよ、家族とか親戚が来てるわけでもないんだし、肩の力抜いていいと思うよ」
家族。密かに気になっていたワードを小笠原先輩が口にしました。すさかず乗っかって探りを入れます。
「今日、お父さんは何か言ってましたか?」
「ハメを外すなって言われた。信頼されてないよね」
「弟さんは?」
小笠原先輩の頬がぴくりと動きました。そしてバーのフロアに繋がっているドアを見やり、わたしに表情を見せないようにして答えます。
「特に、何も」
返事が胸に重たくのしかかりました。ビデオレターの撮影以降、わたしは俊樹くんと会えていません。結婚を認めて欲しい、祝福して欲しいと思いつつ、さすがに聞くことはできずにずっとモヤモヤしていました。やはりあの一日ぐらいでは何も変わっていないのでしょうか。
小笠原先輩がパイプ椅子をわたしの向かいに置き、その上に座りました。そして背中を前に傾け、わたしと目線の高さを合わせます。
「気になる?」
大丈夫です。そんな強がりが頭に浮かびました。だけど言えずに、目を伏せて別の言葉を呟きます。
「わたしって、パセリなんですよ」
ずっと考えていたことをいきなり口にしたら、安木先輩並みに意味不明な言葉になってしまいました。小笠原先輩が不思議そうに目を丸くします。
「小笠原先輩がハンバーグだとしたら、わたしはパセリなんです。グリルチキンやエビフライみたいに、同じ鉄板に乗ってメニューに名前が出るような存在じゃない。少なくとも弟さんにはそう見えているはずです。だからわたしが自分の意志で付き合っていると思えなかったんじゃないかと」
俊樹くんは人を振り回す小笠原先輩が嫌いでした。そしてそんな小笠原先輩を調子づかせる、大人しく振り回される人たちも嫌い。だからわたしは俊樹くんに、自分が振り回されているだけではないことを伝えました。
ただ、もしわたしが小笠原先輩に負けないほど力強い人間だったら、俊樹くんは最初からわたしを「振り回されている」とは認識しなかったでしょう。小笠原先輩の世界の中心が小笠原先輩であるように、わたしの世界の中心はわたしです。だけどそれが周りに伝わるかどうかは別の話。釣りあいが取れているかどうか判断するのは、当人たちではないのです。
「パセリねー」
小笠原先輩が腕を組み、パイプ椅子の背もたれに身体を預けました。あまり綺麗とは言い難い天井を見上げ、椅子をギシギシと軋ませながら呟きます。
「だとしたらあいつ、人を見る目がないね」
小笠原先輩が反らしていた背中を元に戻しました。そしてわたしに向かって、にっと笑います。
「こんな濃いパセリありえないでしょ。どんだけ自分のこと美化するの」
「……卑下してるつもりだったんですけど」
「そうなの? じゃあめちゃくちゃ変な子だから、自信持っていいよ」
わたしは目を見開きました。小笠原先輩が首を傾げます。
「自覚なかったんだ」
「ないですよ。いつからそう思ってたんですか?」
「割と最初から」
「最初から!?」
驚きを露わにします。小笠原先輩がぽりぽりと頬を掻きました。
「今年サークルに入った女の子、みんなすぐ来なくなったでしょ。なのに一人で店に来て、一人で練習して、一人で帰ったりしてたじゃん。それ見て面白い子だなって思ってたんだよね。真面目にビリヤードしに来てるから」
「ビリヤードのお店にビリヤードをしに行くの、普通じゃないですか?」
「サークルは人間関係目当ての人の方が多いでしょ。ビリヤード上手いならともかくガチの素人だし。目の前のことに一生懸命で、なんていうか――」
小笠原先輩が目を細め、いつものようにゆるい感じで笑いました。
「こういう子とずっと一緒にいられたら、人生楽しいだろうなって思った」
ガチャ。
部屋奥のドアが開き、レディーススーツを着た長野先輩が現れました。そして「そろそろだから準備しといて」と言って引っ込みます。わたしたちはしばらく無言で顔を見合わせ、そして、ほとんど同時に苦笑いを浮かべました。
「わたしも、小笠原先輩みたいな人と一緒にいたら人生楽しいと思います」
「ありがと。ところで、一ついい?」
「なんでしょう」
「呼び方とか、敬語とか、いつまで続けるの?」
「……変えた方がいいですか?」
「いや。やりやすいのでいいよ。俺は無理されるのが一番イヤ」
「分かりました。じゃあ、変える気になるまでこのままやらせてください」
「オッケー」
ドアの向こうから、来賓に着席を促す船井先輩の声が聞こえました。小笠原先輩が立ち上がり、右の親指を立ててドアを示します。
「俺たちがお似合いの二人だってこと、みんなに見せつけてやろう」
お似合いの二人。わたしは微笑み、首を縦に振りました。
「はい」